全司法本部四役は、10月23日に就任あいさつをかねて大谷直人最高裁判所長官と会見しました。最高裁からは、今崎事務総長、堀田人事局長、和波人事局総務課長が同席しました。
委員長 本日の会見にあたって、全司法労働組合として持っております問題意識のいくつかの項目について意見を述べさせていただき、長官の考えをお聞かせ願いたいと思います。
長官 委員長の御意見は承りました。
当局と職員団体という立場の相違はありますが、今後ともこれまで同様、相互の信頼関係に基づき、いろいろな問題について、率直に意見交換をしながら、より良い方向で解決していってもらいたいと思います。
裁判所の人的・物的充実について
「社会経済の変化に対応し、国民のニーズに応えていくことが望まれます」
委員長 国の機関で仕事をするうえで、また、労働組合で活動するために、社会情勢の動きを見ることは必要不可欠だと感じていますが、今は情勢が大きく動く、時代の節目ではないかと感じています。政治に関する情勢を見ると、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という日本国憲法を形づくる基本的な価値観が議論の対象になっていることに大きな特徴があるのではないかと感じています。そうした時に、三権分立のもと「憲法の番人」と呼ばれる裁判所の役割がきわめて重要になっており、多くの国民から求められているものだと考えています。
裁判所が国民の信頼を勝ち取ることは、そこで働く職員にとっても、自らの仕事に対するやりがいや誇りにつながるものだと考えます。こうした社会情勢を受けて、裁判所に係属する事件も複雑・困難なものになっています。家庭や子どもをめぐる社会環境の変化を受けて、家庭裁判所が国民から求められる役割も大きくなっていますし、2002年の推進計画以来の司法制度改革の定着に加えて、裁判手続のIT化など新たな課題も提起されています。これらを着実に実行していくためには、引き続き、裁判所の人的・物的充実が重要だと考えています。
また、2017年度における新受事件の動向を見ると、家事事件、民事事件が増加していることがうかがわれます。この間、地裁・簡裁から家裁へ、地方から大都市へという人員シフトが続けられてきたことに対して、特に配置人員が少ない中小規模庁の負担感が強く、「人員シフトは限界」との声が強まっています。また、各庁の事務局について、増員を含む繁忙解消が最も強い要求として伝わってきています。
以上の問題意識をふまえ、各職場の状況をきめ細かく見ていただき、裁判所の人的・物的態勢整備をお願いしたいと思います。
長官 平成も残すところ数か月となりました。この間を振り返ると、裁判の全ての分野にわたって、その態勢と機能を強化し、より身近で、信頼される司法を実現することを期して、大きな制度改革がされてきました。他方で、我が国の社会経済に目を向けると、国際化、少子高齢化、家族観の多様化といった構造的な変化は、今後もそのスピードを増していくことが予想されます。このような状況の下で、国民の信頼を維持し、その期待に応えていくためには、一人一人の裁判所職員が、組織の一員としての役割を意識し、社会経済の変化に対応して、国民のニーズに的確に応えていくことが望まれます。
各裁判部門の実情をみると、民事の分野では、裁判の質を更に高めていくことが求められていく中で、適正迅速な裁判を実現する方策として、合議の充実・活用を図るなどの取組が進められてきましたが、近時は裁判手続のIT化の検討も喫緊の課題となっています。裁判手続のIT化は、民事裁判の在り方を振り返るための重要な契機と捉え、裁判全体の適正化、合理化といった要素も視野に入れて推進されるべきものと考えています。
刑事の分野では、刑事訴訟法の改正により新たに導入されることとなった各種制度について、施行後の運用状況を注視しながら、円滑な実施を図っていくことが必要です。また、裁判員制度の運営においては、公判前整理手続における争点及び証拠の整理がその事件にふさわしい的確なものとなっているか、審理・評議において裁判員と裁判官との真の意味での協働が実現できているかといった大きな課題に正面から取り組んでいく必要があります。
家事の分野では、家庭裁判所の果たす役割への期待が、家庭を取り巻く多くの局面において同時的に高まっています。当事者間の価値観や感情の対立が激しく解決が困難な事件が増えており、紛争や問題の実相を捉えた適正な解決に導いていく必要があります。また、成年後見制度については、今後も更に利用促進が図られ、国民の関心はますます高まっていくことが予想されることから、引き続き、制度の適切な運用に努める必要があります。
私たちは、これまでも、司法の果たすべき役割がますます重要になるという認識に立ちつつ、司法の機能充実・強化に努めてきましたが、こうした状況にあって、裁判所がその使命を果たしていくために、今後とも人的・物的態勢を整備していく必要があります。一方で、極めて厳しい財政状況の中、裁判所の態勢整備に国民の理解を得ていくためには、より一層の内部努力を重ねていくことが不可欠です。職員の皆さんには、引き続き御協力をお願いしたいと思います。
超勤縮減、事務の簡素化・効率化について
「効率的、合理的な事務処理に向けた意識改革を更に徹底していきたい」
委員長 長時間労働をなくすことは、官民を問わず重要な課題となっています。「過労死・過労自殺」をめぐる問題やワークライフバランスの推進のためにも、労働時間短縮の必要性は社会的に広く認識されるようになってきました。
使用者の責任において勤務時間を正確に把握することが大前提であり、「持ち帰り・サービス残業」の根絶を一体ですすめることが不可欠ですが、長時間労働をなくすための重要なとりくみの柱は事務の簡素化・効率化をすすめることだと考えます。
一方で、今の職場の仕事のすすめ方はむしろ「慎重さ」に傾いており、思い切った簡素化・効率化をすすめるためには、最高裁のイニシアチブが必要不可欠だと考えています。
その背景にあるものとして、私どもはこの間、執務を行うにあたって「適正化」やコンプライアンスを過度に強調する状況が職場に広がっていることを、折に触れて指摘してきました。また、そのことが、事務の硬直化や煩雑さ、事務量の増大を招き、ストレスの強い職場環境を作り、職場の活力を奪い、職員の士気の低下につながっていることも、あわせて指摘してきました。
もちろん、ミスがないこと、対外的に説明できる適正さが担保されることは、仕事をするうえで必要不可欠なことでありますし、とりわけ、コンプライアンスも含め、裁判所であればこそ、国民から強く求められることは理解しております。
数年前、書記官事務のあり方に関わって「根拠と目的に沿った仕事」が強調されたことがありました。今あらためて、事件部・事務局を問わず、仕事が真に根拠と目的に沿ったものなのか、ただ「念のために、無難に、できるだけ慎重にやっておく」といったことになっていないか、裁判所全体で事務の簡素化・効率化をすすめるためにも、改めて最高裁が方向性を示し、強いメッセージを発していただきたいと思っています。
長官 長時間勤務の問題は社会的にも大きく取り上げられているところ、最高裁としても、これまで以上に事務の簡素化・合理化を進め、裁判部、事務局を問わず、組織全体として超過勤務の削減や働き方の見直しに取り組んでいく必要があると感じています。全ての職員が持てる能力を最大限発揮することができるよう、その事務処理状況等をきめ細かく把握しつつ、法令に則った適正な事務を遂行していくとともに、効率的、合理的な事務処理に向けた意識改革を更に徹底していきたいと考えています。
職員の育成について
「経験も踏まえた上で、計画的かつ継続的な人材育成が重要」
委員長 年齢構成を見ると、1980年代後半の大量退職・採用期に採用された職員が順次60歳を迎える時期にさしかかっているものと認識しています。
現在、政府において国家公務員の定年の引き上げが検討されているところですが、定年延長にせよ、再任用にせよ、高齢期の職員がやりがいをもって、いきいきと働ける状況を作ることがきわめて重要な課題になってくると考えています。
そうした課題の一つとして、人材育成やキャリアデザインの問題があると考えています。
ベテラン職員については、ジョブローテーションで育てる若手職員と異なり、それまでに得た知識や経験を活かして仕事ができるよう異動や配置を検討する必要があると考えますし、部門別の人材育成や専門性を身につける研修も重要だと考えます。
裁判所においては、若い時期あるいは管理職を前提とした人材育成の仕組みは比較的作られているものの、中堅からベテラン層を視野に入れた人材育成の仕組みは、率直に言って弱いのではないかと感じています。自らのキャリアデザインのあり方として管理職にならない道を選んだ職員がおり、さらには、今政府が検討している役職定年制が導入された場合には管理職を外れた職員も出てくる状況のもとで、高齢期の働き方として、全ての職員が高いモチベーションを維持するためには、どういう人材育成や異動・配置が良いのか、検討いただきたいと考えます。
また、そのことが、今後進行していく大量退職の中で、裁判所全体の事務処理能力を維持・強化し、新たに採用される職員の育成を職場の中で果たしていくのに有効だと考えるものです。
長官 社会、経済状況の変化等を反映して、裁判所に求められるものがますます幅広く、深くなってきている中、これまでにも増して、一件一件の事件の適正・迅速な解決に向けて誠実に努めることにより、国民、社会からの信頼をより確かなものとしていくためには、若手から中堅層以上に至るまで職員一人一人の士気を高め、それぞれの経験も踏まえた上で、その能力を伸長させる計画的かつ継続的な人材育成が重要であることから、育成に関する基本的な考え方を組織的に共有するとともに、OJTとOff―JTを通じた職員の育成が図られるように一層努めていきたいと考えています。
全司法との誠実対応について
「率直に問題意識をぶつけ合い、解決を図っていかなければならない」
委員長 1992年3月18日の最高裁事務総長見解以来、全司法と裁判所当局とは相互の信頼関係に基づいて、安定した労使関係を築くことができているものと考えており、日頃から誠意をもって対応いただいていることに対し、改めて感謝いたします。
全司法は職員の地位の向上と「国民のための裁判所」実現を組織の目的としており、職員の処遇問題にとどまらず、官の職制の中からは浮かび上がってこない職場実態を拾い上げ、可視化し、より良い裁判所を作るために努力しているものと自負しています。そうした視点から、全司法を裁判所の職場をともに作るパートナーとして受け止め、職場で起きる様々な課題について、今後とも建設的な議論を続けていただきたいと考えております。
その意味でも、全国の各庁で、全司法の意見に耳を傾け、率直で建設的な議論を重ねていくことができるよう、これまで築き上げてきた信頼関係を尊重し、誠実に対応されるよう下級裁に伝えていただくことを含め、確認したいと思います。
長官 平成4年3月18日の事務総長見解の内容は当然のことと考えています。職員の勤務条件やこれに関連する事項については、これまで築き上げてきた相互の信頼関係に基づき、率直に問題意識をぶつけ合い、忌憚なく話し合う中で、問題の解決を図っていかなければならないと考えています。
担当部局には、今後もそのような立場で努力させたいと思いますし、職員団体もその方向で努力していただきたいと思います。
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