おいでやす全司法
プライバシーポリシー  
CONTENTS 全司法紹介 司法制度改革 少年法関連 全司法大運動 全司法新聞 声明・決議・資料 リンク サイトマップ
  トップページ > 少年法関連 > 司法の現場に見る日本の子どもの実情
 
少年法関連
 
司法の現場に見る日本の子どもの実情
2007.11. 全司法労働組合(少年法対策委員会)

−目次−

はじめに

第1部 少年司法をめぐる問題

第1 子どもたちの現状
1 現代日本の社会的状況
2 「少年の凶悪化」報道と警察権限の拡大
3 子どもの実像と大人社会

第2 2000年「改正」少年法の運用状況
1 刑事処分可能年齢の引下げ
2 原則検送事件
3 刑事裁判手続における少年の権利保障

第3 2007年「改正」少年法
1 新たな「改正」法案提出の背景、審議状況、成立まで
2 2007年「改正」少年法の問題点
(1) 触法少年に対する警察の強制調査
(2) 重大触法事件の原則家裁送致規定
(3) 触法少年の少年院送致
(4) 保護観察中の少年の遵守事項違反による施設収容処分
(5) いわゆる厳罰化によって失われてしまうこと

第4 アンケートから見た司法の現場における少年
1 逮捕、勾留の濫用による身柄拘束の長期化
(1) 逮捕が繰り返されるしくみ
(2) 不必要に長期間身柄拘束された事例
(3) 身柄拘束の長期化による弊害
(4) 身柄拘束に対する抵抗感の消失
2 施設収容、特に児童自立支援施設収容をめぐる問題
(1) 施設収容の選択肢
(2) 児童自立支援施設送致の困難さ
(3) 送致困難の背景事情
(4) 少年院、少年鑑別所の状況

第5 司法現場からの提言
1 処分決定までの身柄拘束長期化の防止に向けて
(1) 令状発布裁判所
(2) 家庭裁判所
(3) 検察庁(官)
(4) 警察
(5) 弁護士
2 処遇の充実に向けて
(1) 児童相談所の充実
(2) 児童自立支援施設の増設と充実
(3) 少年の更生を支援する多様な通所施設・居住施設の新設
(4) 少年院の増設と充実
(5) 帰住先がない少年のための住居となるべき施設の設置
(6) 保護観察の充実
(7) 家庭裁判所の充実と家庭裁判所調査官の増員
3 刑事手続を受ける少年への配慮
(1) 刑事裁判中の配慮
(2) 少年刑務所での処遇の充実

第2部 父母の離婚または別居に伴う子どもをめぐる問題

第1 制度の概要と現状
1 日本の調停・審判制度
2 「子の監護に関する処分」事件の増加
3 アンケート回答者の視点

第2 面接交渉
1 「面接交渉」事件の増加傾向
2 親の問題
3 子どもの意向
4 試行面接交渉
5 調停・審判の終了と履行確保
(1) 調停・審判の終了
(2) 履行確保
6 より良い面接交渉のために
(1) 法制度
(2) 社会的なコンセンサス
(3) 裁判所以外の援助機関
7 まとめ

第3 子の引渡し
1 子の引渡しの執行が問題となる状況
2 子の引渡しに応じない事例
3 引渡しの中の子ども
4 子の引渡しに関連する問題点

第4 養育費支払いの確保
1 裁判所で決まった養育費支払いが滞った場合の制度
2 容易にはできない強制執行手続
3 養育費を受け取れない監護親と子どもとの生活
4 公的な援助の貧弱さ
5 今後の課題

第5 司法現場からの提言
1 総合的対策
2 面接交渉に関するもの
3 子の引渡しに関するもの
4 養育費に関するもの

はじめに

 私たち全司法労働組合(以下、全司法とする)は、全国の裁判所に勤務する職員で構成された組織で、少年事件や家事事件などを通じて、子どもの問題に直接たずさわっている家庭裁判所調査官(以下、調査官とする)や裁判所書記官、裁判所事務官などの多くが加入している組合である。全司法は、従前から司法分野で子どもの権利がどのように実現されているかに関心を持ち、特に少年事件における様々な問題に対処するために少年法対策委員会を設け、各種の関係諸団体と連携しながら、少しでも子どもたちにとってより良い社会制度が実現できるように運動してきた。
 私たちは、2002年にも「日本における少年司法の現状」を報告したが、今回も司法分野における子どもの状況を明確にするため、日本国内に存在する全50家庭裁判所(各庁には支部・出張所を含んでいる)で働く組合員にアンケート調査(調査期間2006年9月〜10月)を行い、本報告書を作成した。調査期間が2か月ほどの短期間であったにもかかわらず44庁から回答があり、回答には、各家庭裁判所(以下、家裁とする)の具体的な事例において、子どもに対する適切とは思えない様々な問題があることについて多くの情報が寄せられた。
 アンケート調査項目は、以下の5点である。

  1. 逮捕、観護措置における身柄拘束の長期化について
  2. 施設収容、特に児童自立支援施設収容をめぐる問題について
  3. 父母の離婚または別居に伴う面接交渉の問題について
  4. 父母の離婚または別居に伴う子の引渡しの問題について
  5. 父母の離婚後の養育費の支払いにかかわる問題について

 これらの問題には司法の場で子どもの権利が十分に守られていないことが如実に現れている。もちろん、この他にも、児童虐待による親権喪失の問題や、児童福祉法第28条による施設入所承認(親権者の意思に反してでも、子どもを施設に入所させることを家裁が承認する手続)の問題、養子縁組をめぐる問題など、子どもの権利に関わる司法の問題は数々あるが、今回取り上げた問題は、権利擁護の最も根幹に関わる重要な点であり、これらが解決されるならば、日本における子どもの権利は大きく前進するものと考えられる。
 以下、第1部として、現在の日本における少年法「改正」の動向とその問題点、および今回のアンケート調査結果に基づいた日本の少年事件における身柄拘束などの問題点を、第2部として、今回のアンケート調査結果に基づきながら日本での父母の離婚または別居に伴う子をめぐる状況を、それぞれ報告する。

第1部 少年司法をめぐる問題

第1 子どもたちの現状
1 現代日本の社会的状況
 日本は、第二次世界大戦への反省から、1946年、不戦の誓いとして戦争放棄を明記した日本国憲法を作り、1947年、国家による教育統制を二度と許さないとして教育基本法を制定した。そこには、悲惨な戦争体験に裏打ちされた、国民を幸福にするのは国家主義や軍事力ではなく、個人の尊厳のための教育や福祉であるという理念の希求があった。しかし、1990年代、日本経済のバブル崩壊があり、それ以前の経済成長を得られなくなった日本社会では、戦後民主主義に基づく考え方を「守旧派」として糾弾し、戦後の日本社会のあり方を全面的に否定しなければ新たに豊かな日本社会は得られないとする論調が急速に強まった。憲法改正や教育基本法改正の必要性が叫ばれ、イラクへの自衛隊派遣などの対米従属姿勢が鮮明となる。市場経済を至上とするいわゆる新自由主義・新国家主義的な考え方である。
 近年、我が国政府は、こうした論調に基づく政策を次々と具体化してきている。一貫して、従来の教育制度・教育公務員への非難・攻撃がなされ、医療・福祉・年金分野での福祉的・後見的制度の後退が繰り返され、代わりに防衛力や警察力の強化が図られてきた。2006年12月、教育基本法は、愛国心教育を明記した新たな教育基本法へ改悪され、同月、防衛庁は防衛省へ昇格した。2007年5月には憲法改悪のための手続法となる国民投票法も成立した。また、警察による監視だけではなく、国民相互の監視を強化するための共謀罪新設も目論まれている。いよいよ、「国民のための教育」から「国家のための教育」へ、「国民のための国家」から「国家のための国民」への転換が現実化しつつある。

2 「少年の凶悪化」報道と警察権限の拡大
 最高裁判所による「司法統計年表」によれば、殺人・殺人未遂事件で家裁の審判を受けた少年は、1950年(昭和25年)代には毎年300人前後おり、最高は1961年(昭和36年)の387人であった。その後、その数は減少に転じ、1985年(昭和61年)に77人となって以後、現在までの20年以上、1年に100人を越えたことは一度もなく、直近の2004年(平成16年)から2006年(平成18年)では、年間50人以下となっている※1。なお付言すれば、これらの数字のうちおよそ70%は実際には殺人に至らない殺人未遂である。過去50年余、最も悲惨で凶悪な殺人・殺人未遂事件がこうした動向であり、他の少年非行も概ね似たような経過をたどっている。

※1「司法統計年報 少年編」最高裁判所1952(昭和27)年版から2006(平成18)年版まで。

 このように、日本の少年が凶悪化しているという事実は全くないのであるが、少年非行の質が悪化し、数が増加しているとのイメージは社会的に広がっている。「変な子どもが増え、凶悪化し、少年事件が激増している」「日本の教育現場は崩壊している」「体感治安が悪くなった」等々の議論が繰り返され、また、視聴率稼ぎや業績偏重にはしる商業主義のテレビ・週刊誌などマスコミ報道が、そうした議論や不安心理を扇動することも少なくない。
 このように少年非行に対する社会的な不安感が蔓延する中、2004年12月には警察庁から「少年非行防止法制の在り方について」が発表され、以後、警察職員の補導権限の法制強化を狙った少年補導法案(仮称)の策定が進められ、奈良県などではそれを先取りするかのように「少年補導に関する条例」※2を制定している。また、日本の各都道府県で、教育委員会と県警本部との間で「学校と警察との情報連携に係る協定書」が結ばれ、学校と警察とが個々の(非行を犯しそうな)少年について情報を共有しようとする動きが進みつつある。ここには、警察力を、学校・教育現場の中へ浸透させ、非行少年より広い範囲の一般の少年へと拡大しようとする意図が明白である。

※2奈良県「少年補導に関する条例」によれば、午後11時以降に外出した18才未満の少年は、保護者同伴であっても、警察官に補導されることなどが規定されている。

 こうした政策は、少年法「改正」問題とも無縁ではない。すでに2000年「改正」において、少年法から教育・福祉的な観点が相対的に後退し、原則検送の規定など警察・司法的な観点が強調され、少年への刑事罰化・厳罰化が進んだ。その後、新たに「少年法等の一部を改正する法律案」が国会で審議され、全司法を含む、少年司法、児童福祉の分野からの批判を受けて若干の修正はなされたものの、本質的な問題は残したままで、2007年5月に国会で可決・成立となった。2007年「改正」においてはより鮮明に、警察権限だけの拡大が顕著である。ここには、「(子どもに)問題行動があれば、学校や社会から隔離する必要がある」という観念と判断しか見られない。2000年「改正」、2007年「改正」のいずれも、非行少年・触法少年に対し、非行事実だけを重視し、厳しい処分を行おうとするものである。日本では一貫して少年への監視・取締り強化、厳罰化が図られていると言える。

3 子どもの実像と大人社会
 子どもの一番の権利は、成長して大人になる権利である。成長して大人になっていくためには、冒険や試行錯誤を繰り返し、失敗も含んだ多くの実際の体験から学ぶことが欠かせない。子どもは好奇心から、いろいろなことをやってみるものである。その結果、失敗したり間違えたりすることも当然ある。そうしたミスや間違いについては、ある程度寛容に許すことが必要となる。子どもが失敗した場合には、それが間違っていることを理由をきちんと示しながら説明し、再び同じ失敗をしないように教育することこそが大人の責任である。大人の側が監視を強め、厳しい態度を取ることによって子どもを押さえつけ、試行錯誤を認めないのでは、表面上良い子にさせることはできても、子どもを健全に育てることはできない。
 現代日本の子どもたちは、大人たちの作った学校、塾、習い事などの枠組の中で各種の規制を受け、必要な甘えを十分に経験できないまま我慢をする生活を強いられている。ゆっくりと抱かれ、自分の思いを話して聞いてもらい、思いきり周囲の人と遊ぶといった経験を我慢させられ、代わりにテレビ、ビデオ、菓子などを与えられて成長するのでは、人との関係を作り、社会的なルールを身につける健全さは育ちにくい。小さな失敗を重ねる中で、その体験から学びながら生活していく力を自分のものにしていく機会を持てないままに、与えられた忙しいスケジュールをこなしながら身体だけが大きくなっていく。そうした子どもの中で鬱屈したエネルギーは、思春期に自他を破壊する形で噴出するのである。
 健全に育てられる機会がないままに思春期に至り、失敗の結果が犯罪という範疇に入るものになった途端にやみくもに厳しく罰することでは、子どもたちはますます育たなくなってしまうだけである。

第2 2000年「改正」少年法の運用状況

 日本の少年法は、2000年12月の「改正」で、大きく刑事裁判化・厳罰化の方向に転換した(施行は2001年4月)。刑事処分適用年齢が16歳から14歳へ引下げられ、16歳以上の少年による被害者が死亡した重大事件については原則として刑事処分とすることとなった。この「改正」に対しては、国内では日本弁護士連合会などからも多くの点について反論がなされ、国際的には2004年1月に出された第2回国連子どもの権利委員会の最終所見でも強く懸念が示されている。全司法でも2000年「改正」後の少年法の運用状況について、9回にわたり全国的な調査を行い、実情の把握と問題点の指摘を行ってきた※3。全司法の調査では、非行少年一人ひとりの資質や環境に焦点をあてて処遇していく運用から、非行少年が犯した事件の内容、重大性を明らかにし、それに応じて処分を決めていくという刑事罰的・社会防衛的な運用へと、日本の少年司法全体が流れているのではないかと危惧される状況が明らかとなった。

※3全司法労働組合ホームページ http://www.zenshiho.net/syokai.html 少年法関連参照。

 また、2000年「改正」後、最高裁判所は定期的にその運用状況をまとめて発表してきており※4、2006年6月には政府(法務省)も施行後5年間の運用概況をまとめて報告した※5。それらの報告をもとに、法務省では被害者団体などからの意見を聴取しつつ、現在、さらなる少年法「5年後見直し」に向けて検討を進めている。
 ここで、最高裁判所や法務省が発表している数値をもとに、あらためて2000年「改正」後の検察官送致、少年への刑事処分の動向を検討すると以下のとおりである。

※4「平成12年改正少年法の運用の概況−平成13年4月から平成18年3月−」家裁月報第58巻第9号、最高裁判所事務総局家庭局、2006(平成18)年9月。
※5「少年法等の一部を改正する法律による改正後の少年法等の規定の施行状況に関する報告」法務省、2006(平成18)年6月。

1 刑事処分可能年齢の引下げ
 2000年「改正」では、14・15歳の少年も検察官に送致し、刑事処分を受けさせることが可能になった。その結果、2001年4月から2006年3月までの5年間で、重大事件を起こした16歳未満の少年で検察官送致となったのは15歳の少年3人だけであった。このうち2人は少年法第55条により、刑事裁判の結果、保護処分が適当とされて家裁に再び移送され、少年院送致となったので、実際に懲役刑を受けたのは 3人のうち 1人だけである(なお、他に2人が原付バイクの無免許運転により検察官送致され、罰金刑を受けている)。2001年1月から2005年12月までの 5年間で、非行を犯して家裁に送致された14・15歳の少年は合計15万1,417人※6であり、この全体に比して極めて限られた人数のみが検察官送致となっているという事実から見ても、先の2000年「改正」がいかに現実の14・15歳にそぐわない「改正」であったか明らかであり、現場の実務感覚からも乖離していると言わざるを得ない。

※6一般保護事件における14、15歳少年の終局人員数(司法統計年報より)
14歳 15歳 合計
2001(H13) 13318人 18640人 31958人
2002(H14) 13349人 18848人 32197人
2003(H15) 12888人 17240人 30128人
2004(H16) 12785人 17172人 29957人
2005(H17) 11964人 15213人 27177人

2 原則検送事件
 また、2000年「改正」では、犯行時16歳以上の少年が故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事件では、家裁の調査の結果、刑事処分以外の措置が相当と認められる場合を除き、原則として検察官送致決定をしなければならないこととなった。この原則検送を定めた条項(少年法第20条第2項)は、少年法全体の中で特に異質なものである。
 そもそも、少年法の考え方は、少年が犯した非行事実の軽重だけではなく、その少年の健全な社会化にとってどのような処遇が必要であり、効果的であるかを考えて処分を決めていくのが基本である。仮に成人と同様に刑事裁判を受けさせ、刑事罰を科す必要があったとしても、それがその少年にとって最も適切である場合にのみ、例外的に検察官送致決定とするのである。ところがこの少年法第20条第2項は、非行事実の内容(重大性)によってまず原則として検察官送致とすることが定められ、「ただし書き」により規定された例外的な事由がある場合にのみ、少年院で矯正教育を施すなどの保護処分を選択し得ることになっており、先の原則と例外が逆転したものである。この条項は、2000年の少年法「改正」論議の際、ちょうどその時期に起きた少年によるいくつかの重大事件のマスコミ報道によって、世論に恐怖感や強い応報感情だけが醸成され、それに応じる形で議員立法として提案され、唐突に条文化されたものであり、本来の少年法の基本的な考え方と矛盾・対立する規定であって、少年法にあるべきではない条文と言わざるを得ない。
 2000年「改正」後、この原則検送事件のうち実際に検察官送致決定となった比率(検察官送致率、以下、検送率と記す)を、時期を区切って見ると、その比率には大きな変動があったことがわかる。「改正」少年法施行直後の2001年4月〜9月は 73.0%、その後、2001年10月〜2002年3月は 60.7%、2002年4月〜9月は 59.6%、2002年10月〜2003年3月は 42.5%であった。施行直後に高かった検送率が徐々に減少していたことがわかる。しかし、この減少傾向がはっきりしてきた頃から、揺り戻しとも言える変動が起き、2003年4月〜2004年3月は 55.8%、2004年4月〜2005 3月は 73.6%と再び検送率が高くなった。5年間を平均しての原則検送事件の検送率は 61.9%であった※7

※7「改正少年法の運用の概況」2001年〜2006年、最高裁事務総局家庭局。

 この検送率の変動は、たまたまその時期に発生した原則検送該当事件の質の差であるとも言えなくはない。しかし、検送率が下がった時期、最高裁判所が職員研修などの場面で「あまりにも低い検送率であると、『改正』少年法の趣旨にそぐわない」といった牽制発言を繰り返し、それに家裁の実務が迎合し、検送率が再上昇した面がある。ただし、最高裁判所はこのような趣旨の発言をしたことを認めてはいない。
 この5年間の検送率を、事件種別ごとに原則検送制度のなかった少年法「改正」前の10年間と比較すると、殺人・殺人未遂は 24.8%から 57.1%へ、傷害致死は 9.1%から 56.8%へ、強盗致死は 41.5%から 74.0%へと、検送率は断然上がっている。2000年「改正」が、「改正」前よりも多くの少年を刑事裁判の場に送り込む効果を生じさせたことは明らかである。
 なお、原則検送事件で検察官送致となり、2006年3月末までに刑事裁判が確定した少年195人の裁判結果は、無期懲役が8人、10年以上の定期刑は17人と、かなりの重い刑となっている者も多い。一方で、執行猶予は6人、少年法第55条による家裁への再移送は11人となっている。

3 刑事裁判手続における少年の権利保障
 2000年「改正」少年法の施行により、明らかに刑事裁判を受ける少年は増加した。少年に刑事裁判を受けさせるのであれば、刑事裁判においても、少年が真摯に裁判に臨み、自らの責任を自覚していける環境を整えるための各種の配慮がなされることが重要である。少年の情操が害されたり、十全に発達していく権利が阻害されるようなことがあってはならない。しかし、現状では、少年が刑事被告人になった場合の配慮などはほとんどなされていないのが実情であり、改善されるべき点は多い。
 具体的問題点として、まず、長期間の身柄拘束と、その拘束場所、およびその間の教育の問題が挙げられる。家裁の審理では、観護措置期間に明確な制限があり、身柄拘束は通常4週間以内、特別更新をしても8週間以内と制限されているが、手続が地方裁判所(以下、「地裁」とする)に移った途端、身柄拘束期間の制限は事実上なくなってしまう。未決勾留期間が1年程度に及ぶこともままあるのが現状である。十代の少年にとっての時間の流れは大人とは異なり、おのずと1日の重みも比べものにならない。少年の身柄を拘束することに大人の側は極力慎重であるべきであり、被告人が少年である場合には、刑事裁判を迅速に行うよう特別な扱いをすべきである。
 また、この間、少年が置かれる場所は犯罪性の強い成人と同じ拘置所であり、少年にとって好ましい場所とは言えない。少年のみを対象とした施設である少年鑑別所を未決勾留期間の身柄拘束場所にできるよう、制度および施設の整備が求められる。
 さらに、2000年「改正」少年法では、14歳の義務教育期間中の中学生が刑事裁判を受けることになる可能性すらある。非現実的な「改正」規定であり、実際に14歳で刑事被告人となった例はまだないが、それより年長であっても高校に通う年代の子どもたちである。日本ではほとんどの15歳が高校に進学していることを考えれば、刑事裁判の手続中であっても相応の教育機会が得られるような配慮が必要であると言える。
 最後に、刑事裁判は公開が原則であるが、これも少年について成人と全く同様に公開することには問題がある。ついたてを法廷に設置するなどの工夫がすでに検討されているが、今後、傍聴対象を被害者・遺族と報道関係者に限ったり、少年の刑事事件を裁判員裁判(諸外国の陪審員制に準ずる国民参加型の刑事裁判)の対象とすることの是非など、少年被疑者に対する特別規定の必要性も検討されるべきである。

第3 2007年「改正」少年法

1 新たな「改正」法案提出の背景、審議状況、成立まで
 本報告書を作成するのと同じ時期、新たな「少年法等の一部を改正する法律案」が国会で審議され、2007年5月に可決・成立となった。以下、この新たな「少年法等の一部を改正する法律」(2007年「改正」少年法)の成立経緯、問題点を指摘したい。
 少年法が2000年に「改正」された後、その「5年後見直し」も済まないうちに、政府・法務省は2005年3月、新たな「少年法等の一部を改正する法律案」を国会に提出した。提案理由は、「近年、少年非行の凶悪化、低年齢化が深刻であり」「少年人口比における検挙率は戦後最高の水準に近い状態にある」というものである。そこで、その「改正」内容として、@14歳未満の触法少年およびぐ犯少年について、警察へ強制調査(捜査)権限を付与する、A少年院収容年齢の下限「14歳」を撤廃する、B触法事件のうち重大事件については、児童相談所は家裁への送致を優先する、C保護観察中の少年について、遵守事項違反を理由として施設収容する手続を新設する、D触法少年について、身柄拘束された場合、国選付添人制度を拡充するという諸点が示された。
 しかし、この「改正」案は、家裁をはじめ、保護観察所、児童相談所など、少年非行や子どもの諸問題に関わる現場では大きな困惑をもって迎えられた。この「改正」案が、非行臨床の現場からの要請に基づいたものではなく、長崎市における12歳中1男子による4歳児連れ去り殺害事件(2003年7月3日)や佐世保市における11歳小6女子による同級生殺害事件(2004年6月1日)などについての過剰なマスコミ報道、さらには、2001年頃から法務省・警察庁によって盛んに喧伝されていた「治安神話崩壊」「体感治安悪化」論に基づくものであったからである。この2007年「改正」は、2000年「改正」時の少年を凶悪視した誤った厳罰化路線を踏襲したものであり、露骨に警察権限だけを拡大したものであった。
 その後、この「改正」案は、2005年8月の衆議院「郵政」解散にともない、いったんは廃案となったが、2006年2月に再上程され、継続審議となる。この間、日本弁護士連合会は法案の問題点を繰り返し指摘し、全都道府県の単位弁護士会から反対声明が相次いだ。また、多くの学者・研究者から、客観的な統計資料などに基づく研究論文が出され、少年非行の凶悪化も低年齢化も全く実証されず、法務省の提案理由には根拠がないといった批判がなされた。子どもの福祉と教育に関わる多くの市民団体などの反対運動も起こり、「少年法『改正』法案の問題点解消を求める市民集会」も連続的に開催された。全司法は、法案の問題点を指摘するとともに、慎重審議を求めて国会議員に対する要請行動を三度にわたって行った。
 こうした運動は着実に効果を上げ、与党(自民・公明)も反対の声を無視できず、2007年4月18日、突如、「与党修正案」を提出した。この「与党修正案」の内容は、@14歳未満の触法少年について、警察へ強制調査権限を付与する(ぐ犯少年についての警察の強制調査権限は削除する)、A少年院収容年齢の下限を「おおむね12歳」とする(下限の撤廃はやめ、「14歳」から「おおむね12歳」へと引下げる)、B触法事件のうち重大事件については、児童相談所は家裁への送致を優先する(原案と同じ)、C保護観察中の少年について、遵守事項違反を理由として施設収容する手続を新設する(遵守事項違反の構成要件を多少付加した以外、原案と同じ)、D触法少年が身柄拘束された場合、国選付添人制度を拡充するとともに、身柄釈放後も付添人制度を適用する(原案より充実)というものであった。また、警察が触法少年に質問する際には、「情操の保護に配慮し」「強制にわたることがあってはならない」との文言も入れられた。この修正案提出により、最初の「改正」案に対する一定の歯止めがかかったとはいえる。
 しかし、「与党修正案」によっても、多くの問題点が残されていた。野党民主党もまた修正案を準備しており、与野党の協議を徹底することで、より良い「修正」が行われる端緒についたに過ぎなかった。にもかかわらず与党は、「与党修正案」を提出したその日のうちに、衆議院法務委員会を委員長職権で開催し、強行採決によって法案を可決させ、翌4月19日、「少年法等の一部を改正する法律案(与党修正案)」は衆議院本会議を通過した。子どもや少年に関する法律を制定するのに、前例がないような形で委員会を開催し、審議を尽くさず強行採決するということ自体が、与党の教育への無理解を如実に示していたと言わざるを得ない。その後の参議院法務委員会でも、十分な審議期間はなく、実質 2回の審議をしたのみで、5月24日、「少年法等の一部を改正する法律案(与党修正案)」(以後、2007年「改正」少年法と表記)は可決され、翌日の2007年5月25日、参議院本会議で可決・成立に至った。なお、参議院法務委員会では、反対運動の数多くの指摘に基づいて、保護観察所や児童相談所、児童自立支援施設での福祉的な処遇が後退しないよう、また、少年院において触法少年への処遇について特に配慮するよう、異例な8項目にもわたる長文の附帯決議を全会一致でなしている。

2 2007年「改正」少年法の問題点
 以下、2007年「改正」少年法の問題点を、やや詳細に報告する。なお、今回の「改正」のうち、前記Dの触法少年が身柄拘束された場合の国選付添人制度の拡充については、不十分ではあるものの、唯一、評価できるものであり、以下の指摘から除外している。
(1) 触法少年に対する警察の強制調査
 2007年「改正」少年法では、14歳未満の触法少年に対する警察官および警察職員の強制調査権限、警察官による保護者や関係団体(学校など)への呼出し・質問・報告要求権限、警察官の押収・捜索・検証・鑑定嘱託手続等が定められた(「改正」少年法第6条の2以下)。
 まず、今回の「改正」において、前記のとおり、ぐ犯に対する警察の強制調査が削除されたことは大きな改善であった。当初の原案では、「ぐ犯の疑いがある」少年に対しても警察の強制調査が可能であると規定されており、政府・法務省が基本的に「全ての子ども・少年は取り締まるべき犯罪危険性を持つ」と想定していることが明らかであった。しかし、そもそもぐ犯は違法行為を実行していないのであって、司法手続上は、慎重・限定的に扱われるべきである。これは、国連子どもの権利委員会においても繰り返し指摘されている点であり、削除は当然の結果と考えられる※8

※8警察庁では、1994年に生活安全局が新設され、一貫して警察官などによる少年への補導権限の強化を求め、「少年補導法制新設」を企図してきた。2007年「改正」の過程においても、「ぐ犯の疑い」への強制捜査権を明文化できれば、「補導法制」の法的根拠を確保できるとし、今回の削除に対して最後まで抵抗したと言われている。さらに、2007年「改正」少年法の施行を前にした 2007年9月6日、警察庁は「少年警察活動規則の一部を改正する規則案」を発表し、これまでの国会審議を全く無視するかのように、削除されたはずの「ぐ犯少年への警察の任意調査権」を再び明記した。この「規則案」には、日弁連などの反対意見の他、国会議員からも反論がなされ、結局、対象とするぐ犯少年の具体例を列記して調査範囲を限定化する修正を行い、10月18日、国家公安委員会において決裁されるに至っている。
 なお、2005年以降、国家公務員・地方公務員は毎年5%以上の定員削減を求められているが、全国の警察官は、「治安神話崩壊」などの主張により、2007年までの 5年間で21万人から24万人へと増員されている。

 しかし、14歳未満の触法少年についても、現行の刑法はそもそも刑事責任能力を認めていない。触法少年は刑事責任が問われず、児童福祉法の対象である「要保護」児童として福祉的・教育的な保護の対象とするのが原則である。この原則に従うなら、基本的に触法少年への調査は警察ではなく、児童相談所が行うべきである。触法事件について、より詳細な事実解明が社会的に要請されるとするなら、本来は、児童相談所の裁量・判断による協力依頼などに基づいて、はじめて警察の強制調査が発動されるべきであると考えられるが、今回の「改正」によって、児童相談所の調査よりも、第一義的に警察の強制調査が必要とされることとなっており、主客の逆転が起きている。
 また、今回の「改正」では、触法少年を警察の強制調査に委ねること自体の危険性についても十分配慮されたとは言い難い。防御力が弱く、被暗示性・被誘導性が強い14歳未満の触法少年を、警察の強制調査に委ねるべきか否かについては、より専門的で慎重な議論が必要であった。与党修正案によって、「強制にわたってはならない」という文言が入ったとはいえ、それだけで充分とは到底考えられない。
 最近でも、鹿児島県議会選挙に関わる公職選挙法違反として鹿児島県志布志町(現志布志市)で冤罪事件が起きている。12名の被告人(平均年齢63歳)のうち6名が6か月に及ぶ警察の過酷な取調べに抵抗しきれず、警察が描いたシナリオどおりに供述して、冤罪が生まれたのである(2007年3月23日、12名全員無罪判決)。他にも、婦女暴行事件の犯人とされ有罪判決を受けた被告人が服役・出所した後に、別件から真犯人が検挙された富山連続婦女暴行事件のように、明らかに警察の強制捜査に問題があった冤罪は少なくない(再審請求がなされ、2007年10月10日、無罪判決)。加えて、現在でも、14歳以上の非行少年に対する警察の取調べについて、警察庁は「保護者の立会いに留意すべきである」との警察庁次長通達(2002年)を出しているが、少年警察の現場では守られておらず、少年の取調べに保護者が立会うことは皆無に近い。保護者が立会いを希望して拒否されたという事例も報告されている。警察における冤罪発生の危険性が除去されていない現状において、まして年少であればあるほど冤罪であることをきちんと主張できないことをふまえれば、触法少年を警察の強制調査の対象とするには、その取調べに保護者や付添人弁護士の立会いを必須としたり※9、取調べ状況のビデオ録画を義務付ける※10といった明文規定が必要不可欠だったと考えられる。

※9フランスにおいては、警察の取調べのあり方、保護者の立会いなどについて、10歳、12歳、14歳でそれぞれ配慮規定を設けている。日本の少年警察の立遅れは明らかである。
※10現在、警察の取調べ状況のビデオ録画や録音については、冤罪防止の有効な手段として世界的に広がりつつある。我が国におけるパイロット・ケースとして、触法少年の取調べについてのビデオ録画を義務付けることは有意義だったと考えられる。

(2) 重大触法事件の原則家裁送致規定
 次に、2007年「改正」では、14歳未満の触法事件のうち、少年法第22条の2第1項にかかる重大事件(故意により被害者を死亡させた罪の事件、短期2年以上の懲役もしくは禁固にあたる罪の事件)の送致を警察から受けた場合、児童相談所は、例外を除き、家裁に事件送致する措置をとらなければならないとされている(「改正」少年法6条7)。
 これまで、触法事件が警察から児童相談所に通告された場合、基本的には全て児童相談所が対応することとなっており、例外的に児童相談所が適当であると認めた場合にだけ、家裁へ事件送致することになっていた(児童福祉法第27条第1項第4号)。この原則が崩され、2007年「改正」では、重大事件については、証拠物はあらかじめ警察官から直接家裁へ送付される上、児童相談所では事件送致は受けるものの、原則的に家裁へ事件送致する決定・措置を行うことに「改正」されている。
 これは、2000年「改正」における、16歳以上の少年の重大事件について原則検察官送致・刑事裁判とする「原則検送規定」の触法少年版である。すなわち、重大な触法事件については、児童福祉法の枠内の処遇ではなく、家裁での少年審判手続および少年法の規定する保護処分による処遇が優先されており、触法少年への厳罰化が進んでいる。本来は、従前のとおり、警察から重大触法事件の通告を受けた児童相談所が、児童相談所の裁量と判断に基づいて当該事件を家裁へ送致するか否かを決めるべきであって、第一義的に家裁の審判を受けさせるといったトンネル規定は不必要であったと考えられる。
(3) 触法少年の少年院送致
 これまで少年院には「14歳以上」の少年が収容されることになっていたが、2007年「改正」によって、家裁での審判決定時に「おおむね12歳以上」であれば「特に必要と認める場合」には少年院送致ができることとされ、少年院収容年齢の下限が引下げられた(「改正」少年院法第2条第2項)。
 実務現場から言うと、例外的には、学齢が共犯少年と同じ場合に限って、共犯少年との処分均衡も考慮し、「おおむね14歳」と見なせる14歳未満の触法少年にも、少年院送致を可能とするといった方法は考慮に値する面がある。しかし、2007年「改正」はさらに低い下限年齢を設定しており、国会での審議の中でも、「おおむね12歳とは11歳も含む」「触法行為時には10歳、審判終了時には11歳で、少年院収容もあり得る」といった議論がなされてきた。ここには、「小学生でも少年院」という厳罰化イメージだけが先行し、現実の少年院や児童自立支援施設での処遇内容、処遇期間などの議論はなされていない。
 すでに、この2007年「改正」を受けて、法務省は、初等少年院における触法少年の処遇に対応するため、「児童自立支援施設における夫婦小舎制を模した処遇を導入する」としているが、人的配置・施設面においても実現までには紆余曲折が考えられるし、小学生への教科教育の実施態勢も整えられていない。家裁実務から言っても、10歳から12歳といった触法少年については、年齢差がある14歳から16歳未満の少年が収容されている初等少年院よりも、同年代の児童を処遇している児童自立支援施設(国立の児童自立支援施設を含む)の方が、発達段階に応じたよりきめ細かな処遇を期待できる。基本的には、児童自立支援施設の処遇や設備の充実が先決であろう※11

※11児童相談所は、児童福祉法に基づき、0歳から18歳までの福祉を必要とする乳幼児から青少年の問題を扱っているが、近年、幼児・児童への虐待に対する緊急対応などに追われ、業務が増大しているため、触法少年への対応が十分できない面があると言われている。全国の児童相談所に配置された児童福祉司は約2000人しかおらず、この人数では十分な対応は極めて困難である。これが日本の福祉の現状である。

(4) 保護観察中の少年の遵守事項違反による施設収容処分
 保護観察については、2004年以降、仮釈放中の成人や保護観察中の少年による重大事件が相次いだことを受けて、法務省は2005年に再犯防止のための緊急対策を発表し、「更生保護のあり方を考える有識者会議」が設置された。その報告書を受け、従前の執行猶予者保護観察法と犯罪者予防更生法が統合され、2007年6月8日、社会内処遇全般の制度的な強化を目指した「更生保護法」が制定されている。こうした流れに並行して、2007年「改正」の動きの中でも、保護観察中の少年の再犯防止を最優先とすべきだとの議論がなされ、最終的に、家裁で保護観察処分を受けた少年について、「保護観察遵守事項違反の程度が重く、保護観察によっては本人の改善および更生を図れない場合には、家裁は児童自立支援施設もしくは児童養護施設または少年院送致の決定をしなければならない」との規定が設けられた(「改正」少年法第26条の4)。遵守事項違反であるという理由だけで施設収容を認める規定である。
 本来、保護観察によって社会内で「更生」を図るためには、何よりも社会復帰のための居場所、就労先の確保などが必要であり、周囲の家族や地域、場合によっては医療的な支援など、環境整備が不可欠である。そのため従前の犯罪者予防更生法では、第1条で、「犯罪をした者の改善および更生を助け」ることが主目的として掲げられていた。しかし、新たな「更生保護法」の第1条では、「犯罪をした者および非行のある少年に対し、再び犯罪をすることを防ぎ、又はその非行をなく」すことが主目的とされている。この「更生保護法」にせよ、新たな「改正」少年法にせよ、「更生援護」よりは「再犯防止」が第一とされ、「保護観察に従順でない場合には施設収容」という威嚇・強制だけが強化されている面が強い。具体的には、「更生保護法」の中で、保護観察期間中に守るべき一般遵守事項と特別遵守事項が、これまでと比べて詳細に明文化され、特に保護観察官・保護司との接触の維持の必要性が強調される形となった。そして、保護観察中の少年については、遵守事項に違反した場合、「警告」を発した上、家裁へ施設収容を求める申請を行えるとの規定が新設されている(「更生保護法」第67条)。とはいえ、一度審判を受け、保護観察処分となった少年が、新たに再犯をしていないのに、改めて少年院・児童自立支援施設といった施設への収容決定を受けるということは、事実上、いわゆる「一事不再理」「二重処罰の禁止」の原則に反することになると言わざるを得ない。この点についても、今回の「改正」少年法の審議では議論されないままであった。
 もともと家裁の保護処分としての保護観察には、良好措置としての「保護観察解除」はあるが、不良措置が無く、それに相当するものとして、旧犯罪者予防更生法第42条第1項の「ぐ犯事由の存在」を要件とする「家裁への通告」制度があった(新たな「更生保護法」では「新たなぐ犯事由が認められる時は、家裁へ通告することができる」とされている(「更生保護法」第68条))。しかし、この通告の結果、家裁が少年院送致の決定をするとは限らず、現実にはこの制度がほとんど活用されてこなかったのは事実である。2000年から2004年の5年間では、1年間に最大44件、最少25件の通告があるだけであった。一般的に、家裁は「ぐ犯の認定」に関して極めて厳格・消極的であり、保護観察所からすると「ぐ犯通告」をしても少年院収容となりにくいため、この「ぐ犯通告」を躊躇しがちだったと言える。しかし、この「ぐ犯通告」制度が活用されなかった最大の原因は、「更生」のための保護観察制度を適切に運用する保護観察官が不足しており※12、その専門性が十分に発揮できないことにあったのであり、保護観察官を十分に増員し、旧犯罪者予防更生法第42条第1項の「ぐ犯通告」だけではなく、「保護観察所による呼出し、質問、引致」(同法第41条)や「関係人の調査、質問」(同法第41条の2)が十分活用されるようにすることが第一に必要であったと言える。今回の「改正」にあたり、こうした検討が十分なされたとは言い難く、形式的で簡便な遵守事項違反による施設収容の手続強化だけが優先された面が強い。

※12現在、保護観察対象者は約6万人(うち少年は約4万5千人)、ボランティアである保護司は    約5万人であるが、保護観察の現場を担う保護観察官は約700人しかいない。

 本来、保護観察では、保護司と少年・保護者との信頼関係の中で、少年が小さな逸脱を起こすといった試行錯誤を繰り返しながら、自発的・主体的に行動を変化させ、健全な社会性を獲得していくことが期待されており、少年の失敗に対し、保護司が様々な調整を行って少年を保護しながら、少年の成長を見守ることが想定されるはずである。しかし、2007年「改正」少年法によって遵守事項違反を理由に施設収容が可能となり、「更生保護法」によって特別遵守事項が規定化された中では、少年の自発的変化を促すことや少年の立直りを見守ることよりは、少年の試行錯誤を許さず、少年を威嚇することで遵守事項を厳守させる方向が強まらざるを得ない。これは、信頼を基礎とした少年と保護司との協力・共同関係の中に、恒常的な監視・対立の構造を持ち込んだものであり、少年に対する保護観察の重大な変質を引き起こし、同時に、保護観察を硬直化させ、処遇能力を低下させることが懸念される。
(5) いわゆる厳罰化によって失われてしまうこと
 言うまでもないが、重大な非行を起こしたり、非行を繰り返す少年・触法少年ほど、能力的な資質や家庭環境などに多様なハンディを負い、充分な自尊感情を持てずに生育している場合が多い。これらの少年、特に年少の触法少年にまず必要なものは、周囲の大人の受容と福祉・教育・医療からの社会的援助である。これらの援助・保護によって、少年は初めて自己および他者への信頼を身近に学び、真に自己責任感をともなった罪悪感を深め、再犯防止に自ら努めるように成長できる。そうでなければ、親・大人や社会への不信と非難だけを内心に抱え込んだまま、大人にならざるを得ない。
 しかるに、2007年「改正」少年法の中では、2000年「改正」の流れをさらに押し進めるように保護の理念を萎縮させ、警察主導の監視や早期の施設収容だけを強めればよいといった観点が広げられている。児童相談所や保護観察所の物的・人的充実を図らず、すなわち、社会内での「更生」の道筋を尽くさず、いたずらに少年院や少年刑務所への収容ばかりを拡げても、少年・触法少年の対人関係力や社会適応力は育てられない。そして、結局は、再非行・再犯を生み出すのである。被害者は無論のこと、加害者である少年、そうした少年を生み育ててしまった保護者などを含め、一人ひとりの人権を可能な限り尊重すること、それは難問である。しかし、この難問を背負わずに、浅慮・強引な社会防衛論だけで解決しようとすることは、結局は、社会を破綻させることにつながると考えられる。

第4 アンケートから見た司法の現場における少年

 少年事件に関わる中で、家裁を含む各機関の対応に問題を感じることがある。そのような現場から見える実情を明らかにするため、本報告書作成にあたっては、アンケートにより、全国各地からの具体的事例を集めた。その回答内容をまとめる形で以下に司法の現場で見られる少年の状況の問題点を報告することとする。

1 逮捕、勾留の濫用による身柄拘束の長期化
(1) 逮捕が繰り返されるしくみ
 アンケート項目の1点目は逮捕から家裁での処分決定に至るまでの身柄拘束の問題である。再逮捕または観護措置により少年の身柄拘束が長期化した事例の報告を求めた。
 一般に少年が非行を犯し、逮捕された場合、捜査のために必要であれば勾留される。勾留期間は10日間であり、それでも不十分であれば、1回延長ができる。つまり1回の逮捕で勾留され得る期間は最大で20日となる。逮捕から勾留請求までは72時間以内と定められているため、通算しての身柄拘束期間は最大23日である。捜査が終わると事件は検察庁を通して家裁に送致される。もし少年が身柄拘束された状態であれば、事件送致と同時に少年も家裁に同行されるため、家裁ではその時点で引続き身柄を拘束する必要性の有無を判断し、拘束する場合は観護措置(少年鑑別所入所)をとる。少年が他にも逮捕しての捜査が必要となるような事件を犯している場合、その事件についてあらためて逮捕されることがあり、これが再逮捕である。1件目の事件の家裁送致前に逮捕される場合も多いが、最初の事件が家裁に送致され、家裁でいったん観護措置がとられてからその観護措置中に逮捕される場合も少なくない。アンケートの主な回答者である調査官が触れることになるのは、基本的には観護措置後になされる再逮捕の事例である。
 少年の身柄拘束は、慎重に行われなければならず、不必要に長期間にわたるようなことはあってはならない。このことを、子どもの権利条約は第37条で、「不法にまたは恣意的にその自由を奪われない」、逮捕などの身柄拘束は「最後の解決の手段」で「最も短い適当な期間のみ」行うとしている。人身の自由は基本的人権の中核をなしており、加えて、少年は成長発達途上にあることから、これは当然の要請である。しかし、実際にはアンケート回答からも明らかなように、少年が不必要に長期間身柄拘束された事例が数多く存在している。
(2) 不必要に長期間身柄拘束された事例
 アンケート回答には以下のような事例が挙げられている。
 「一人の少年に関して、予め複数の事件が把握されていながら、一度の逮捕・勾留期間で一つの事件しか取調べず、逮捕が繰り返され、身柄拘束期間が長くなった」「余罪捜査の必要を理由に勾留としながら、勾留中には取調べずに観護措置となり、その後再逮捕した」「20回位乗物盗を繰り返した少年が、4回再逮捕された」「警察がほぼすべての余罪を把握していたのに、少年が言い出すのを待ってから捜査したために2回再逮捕された」「当初から少年が申告していた余罪で2回再逮捕された」。
 このような事例からは、警察が1回または最小限の回数の逮捕で解決をはかる姿勢を持たず、安易に再逮捕を繰り返していることが明らかに見て取れる。
 逮捕、勾留を経て、少年が身柄付きで家裁に送致され、観護措置がとられると、家裁では基本的には4週間以内に審判を行って処分を決定することになる。通常、その審判に向けて、担当調査官が調査を進めるのだが、再逮捕が予定されているとの連絡が警察から入った場合には、再逮捕により調査が中断される見込みとなるため、実質的な調査が行いにくくなる。捜査機関としては、本来極力家裁送致前に明らかになっている余罪についての捜査を終えておくべきであり、やむを得ず、家裁送致後に再逮捕をするのであれば、少しでも早く再逮捕できるよう努力する必要がある。しかし、アンケートでは、「同種事案にもかかわらず、観護措置期限のぎりぎりまで引延ばして再逮捕する」「再逮捕の時期は観護措置満了間際になることが多く、身柄拘束の期間が長期化しがちである」「3回の再逮捕の都度家裁送致されて観護措置を7〜9日とられ、再び逮捕されるので、無駄な観護措置をとらざるを得なくなっている」「審判当日の朝に再逮捕したいと言ってきた警察があったが、何とか前日にさせた」「観護措置決定当初から再逮捕が予定されている場合でも、警察の都合で4週間ぎりぎりになって再逮捕されるため、身柄拘束期間が長期化する事案が散見された」といった実態が報告されている。
 「(住所地から離れた場所で逮捕され、逮捕された地域の家裁に身柄付きで送致されたため、すぐに住所地の家裁への)移送が見込まれる少年につき、観護措置としたが、警察・検察庁からの『12日後に再逮捕するので移送しないで欲しい』との要望により、移送せず、(調査官に対しての)調査命令も出さなかった」という事例も報告されている。
 家裁としては本格的な審理を少年の住所地の家裁で行う予定であるため、非行行為地の家裁で事件の内容などに踏み込んだ調査官調査を行うわけにもいかず、結果として、この事例での観護措置は、再逮捕までの身柄の確保のためだけのものとなり、実質的には勾留期間を脱法的に延長したものと言える。なお、観護措置がとられたのがちょうどお盆の時期であったため、回答では、「警察もお盆を休みたいので、その間、少年を鑑別所で過ごさせたいとしか考えられなかった」との指摘がなされている。また、この事例と同様、年末年始を鑑別所や少年院に収容させた後に再逮捕した事例も報告されている。
 少年が身柄を拘束される期間については、「6回再逮捕された」「3か月身柄拘束された」「3月から8月の間に計4回再逮捕され、身柄拘束された」などと報告されており、問題は深刻である。
 さらに、身柄拘束の長期化以前とも言える捜査姿勢の問題については、アンケート回答内の「捜査が不十分な為に観護措置の特別更新を余儀なくされた」「再逮捕がなされたにもかかわらず当該事案が嫌疑不十分で立件できなかった」「少年院送致決定時に発覚していた余罪で、少年院収容中に警察が取調べを行ったのにもかかわらず、仮退院後に共犯の成人や少年とともに再逮捕に至った」といった事例からも見て取れる。 
 なお、アンケート回答の中には、少数ではあるが、強盗致傷などの凶悪事件を多数回行った少年を再逮捕した事例や、複数の地域で非行を繰り返した少年を各県の担当警察ごとに逮捕した事例などを挙げ、再逮捕もやむを得ないとコメントされたものもある。しかし、このような事例であっても安易に「やむを得ない」と考えてしまってよいものかは疑問が残る。
(3) 身柄拘束の長期化による弊害
 安易な身柄拘束の長期化による少年への影響は計り知れない。特に、成長・発達の面における影響は大きい。
 中学生の身体拘束は、その年齢の低さから言っても、また、義務教育期間中であることからしても、特に慎重さが必要である。身柄拘束によって中学生は義務教育を受ける機会自体を奪われることになり、それは取り返しようがないものである。しかし、現実には、中学生であっても逮捕・勾留が常態化している。中学生の場合、年齢を考慮して、警察の留置場や拘置所への勾留ではなく、「勾留に代わる観護措置」となり少年鑑別所へ収容となる頻度が中卒者に比べると多い。だが、少年鑑別所に収容されたとしても、身柄を拘束されることにかわりはないのであるから、勾留に代わる観護措置も極力短期間に抑えるべきであるのは当然である。さらに、人数的には、勾留に代わる観護措置にならず、勾留場所である拘置所の収容にもならず、代用刑事施設である警察の留置場(従来のいわゆる代用監獄)に収容される中学生が大多数となっているのが現状である。
 高校生については、非行が高校に知れると退学になる可能性が高い。非行が発覚したことだけでは退学にならなかった場合でも、身柄拘束による欠席によって、進級できなくなり、退学していく者がいる。身柄拘束が長引くと留年が決定的となる。アンケート回答には、「初犯の高校生ですら、高校を継続できるようにとの配慮もないままに勾留がなされている」との指摘がある。
 身柄拘束が長期間になると、心身の状況にも異変をきたすことになる。チックやうつといった拘禁反応に似た様子があらわれた事例や、再逮捕されるかどうか心配のあまり心情が不安定となった事例、「当初から正直に話しているのに何度も逮捕される」と少年に不満が残った事例などが報告されている。一般に年齢が低いほど、身柄を拘束されることで萎縮し、表面をとりつくろって早く解放されたいということばかりに囚われがちであり、非行に結びついた自分のこれまでの生活を深く考えていく心境になりにくいものである。
 勾留期間中は、留置場に収容されるのが一般的であるが、ここでは、少年はすることがなく、時間をもてあましているとの回答があった。留置場では、成人とは分離した房に入るものの、少年同士は同房となることがある。管理は比較的ゆるやかで、社会での再会を約束して電話番号をノートに書いておくことも可能である。また、房の配置によっては近くの房の成人と会話ができることもあり、検察庁での取調べを待つ間など、少年が成人と同室で長時間過ごすことになる場合もある。
 最初の逮捕から家裁で最終的に処分を決定する審判までの間、すでに長期間身柄拘束されてしまっていると、審判の段階で少年院での長期間の身柄拘束を伴う矯正教育が相当だと判断されても、そうするのがためらわれたとの回答があったし、家裁の判断が不適当だとして高等裁判所によって差し戻された際の実質的な理由が長期間の身柄拘束であったという事例も報告されている。このように捜査機関による不要な身柄拘束が家裁での適正な処遇選択にも支障を与えることになっているのが実情である。
 また、少年院での処遇中に再逮捕される事例もあり、このような場合は少年院での処遇が中断されて、少年院での系統だった教育が阻害されることになるとの指摘もあった。
(4) 身柄拘束に対する抵抗感の消失
 アンケートでは、再逮捕による身柄拘束の問題事例と同時に観護措置の特別更新による身柄拘束長期化の問題事例も尋ねている。観護措置の特別更新とは、特に非行事実の認定のために証人調べなどが必要な場合に限り、通常の4週という観護措置期間を最大8週まで更新できる制度である。観護措置に関する事例については、「夏季休暇期間だったため、家裁、検察官、弁護士の間で審判期日の日程が調整できず、観護措置が延びた」事例の報告はあったものの、「特に問題はない」とする回答もあり、回答総数としては再逮捕での問題事例より圧倒的に少なかった。これは、そもそも観護措置の特別更新自体の数が観護措置全体のうちの 0.2%であって、絶対数が少ないこと、回答者が裁判所職員であるため、自分の属する組織内の問題点に気づきにくくなる傾向があるという要素も原因かもしれないが、その部分を差し引いても再逮捕による少年の身柄拘束の長期化に対する捜査機関の抵抗感のなさが顕著であることの表れであると言えよう。
 観護措置後の再逮捕の実情は地域による違いはあるものの、一部地域のみで起きていることではなく、全国各地の都市部を中心に繰り返されていることがアンケート回答からわかる。このような再逮捕は従来は「珍しいこと」であったが、今はかなり一般化してきているのである。10年余り前までは、中学生についてはそもそも逮捕すること自体に警察がかなり謙抑的であった。中学生を逮捕する場合には、警察署は県警本部の許可を得ていたし、家裁でも中学生には身柄拘束中であっても手錠をかけない扱いが主流だった。ここ数年の間に年少少年の身柄拘束への抵抗感はすっかり消失したように見受けられる。

2 施設収容、特に児童自立支援施設収容をめぐる問題
(1) 施設収容の選択肢
 アンケート項目の2点目は家裁の決定による施設収容、施設処遇の問題である。下位項目として、児童自立支援施設への収容時のこと、および少年院、鑑別所での過剰収容のことに分けて実情、事例の報告を求めた。
 現在、非行を犯した少年に関し、保護処分として選択できる施設処遇は、開放施設である児童自立支援施設(旧教護院)送致と閉鎖施設である少年院送致の二つである。少年鑑別所に収容する観護措置決定は家裁による最終的な処分ではなく、家裁での終局処分決定までの間、その審理および少年の心身鑑別のために行われる中間的決定である。
 児童自立支援施設は基本的に都道府県の福祉施設であることなどから、家裁で児童自立支援施設送致決定をするに際しては事実上の制約が多く、具体的事例ごとに各関係機関の担当者間で調整に苦労することが多いのが現状である。一方、少年院、少年鑑別所は国の施設であり、家裁が送致決定をすれば、当然に少年はその施設に収容されることになるが、結果として過剰収容状態になった場合には、少年への十分な対応ができない事態になる。
(2) 児童自立支援施設送致の困難さ
 家裁からの児童自立支援施設送致件数は、長年横ばいの状態である。これは、家裁での処分決定前に、調査官が児童相談所の担当児童福祉司などを通じて受け入れ側の状況を確認し、入所可能との回答を得た上で最終的な家裁の決定がなされており、その確認の段階で、受け入れが不可能ということになれば、他の処遇を選択せざるを得ないからである。
 法律上、児童自立支援施設には18歳未満であれば入所が可能であるが、実際に収容されているのは中学生を中心とする義務教育中の少年が大部分であり、入所した時期に差があっても大半の者は中学卒業時期に施設を出て行き、ごく一部の者が引続き施設での生活を続けるのが実情である。このような指導の枠組みであるため、現実的に中卒生の場合、受け入れはほぼ断られているし、中学3年生でも夏休みを過ぎると断られることが多い。さらに、アンケート回答には「中3の夏休み以降になると受け入れてもらえない。年度初めの方でも満員を理由に断られることが多い」「中学2年生について、秋以降中学3年生の入所で一杯になっていることを理由に拒まれて、試験観察、少年院送致を選択したケースが多数見られる」「慢性的に定員一杯の状態が続いており、中学3年はもちろんのこと、中学2年生でも入所が困難として断られることが度々ある」などの報告もある。
 全国からの回答を見ると、特に都市部の児童自立支援施設については、慢性的に満員の状態であるところが多い。当該自治体の児童自立支援施設が満員の場合には、近隣自治体の児童自立支援施設に、近隣自治体の児童自立支援施設も満員の場合には、さらに遠方の自治体の児童自立支援施設への入所の可能性が模索されることもあるが、それも無理で受け入れ不可能となることも少なくない。また、施設が満員の場合、一旦身柄を釈放し、自宅で待機させた例も複数報告されている。「(入所まで)1か月間、少年・保護者にも家庭でつらい思いをさせ」た事例や、「順番待ちのうち、(少年が)再犯を起こしてしまった」事例もある。
 また、基本的には開放的で穏やかな環境で生活できる児童自立支援施設での処遇が適当ではあるが、本人の抱える問題から見て、閉鎖施設で行動の自由を制限する措置(強制措置)が一定程度必要となる可能性が高い場合、それに対応できるのは、国内に男女各1か所ずつある国立の児童自立支援施設だけである。国立の施設についても、満員を理由に入所を断られたとの報告が寄せられている。
 児童自立支援施設には、非行を起こした少年のみが入所している訳ではなく、情緒障害児や被虐待児なども入所している。「低年齢児童(小学校低学年)が増え、本来の対象となっていた中学生年代の子に手をかけられないと聞いている」「軽度発達障害の入所者に多く手のかかることなどから、問題の大きい(非行)少年の場合、入所を断られることが多い」「発達障害の児童や被虐待児童の対応に追われ、いわゆる教護の部門に力を注げない状況にあると思われる」「家裁からの少年を受け入れたがらないという児童相談所や施設の姿勢の問題がある」との報告がある。きちんとした施設処遇ができないとして、共犯少年(同じ地域に住んでいた少年)の受け入れを拒否された事例、障害を持つ少年の受け入れに難色を示された事例、非行内容などから他少年への影響を懸念して受け入れを拒否されたと思われる事例などがアンケート回答の中に見受けられる。
(3) 送致困難の背景事情
 非行を起こして家裁に送致され、家裁で児童自立支援施設送致が検討される少年(前述のとおり事実上中学生)に関しては、幼少時から問題行動が見受けられる場合も多い。過去に児童相談所に係属する端緒が複数ありながら、実際には何ら手当がなされずに経過し、問題がより根深くなってしまった事案も少なからず存在している。また、児童相談所に係属し、児童福祉司が少年を指導することとなっていた事案でも、担当福祉司は保護者から事情聴取したのみで、一度も少年と会うことなく経過している場合もある。
 家裁の側で、直ちに児童自立支援施設送致とする段階ではないと見られる少年に、社会での更生を期待して、児童福祉司による継続的な指導にあたる「児童相談所長送致」決定とすることもあるが、児童相談所の側からは、在宅での指導の負担を意識して、直ちに児童自立支援施設送致としてほしいとの意向が示されることもある。
 児童相談所や児童自立支援施設の態勢などについて、「収容人員に余裕があるのに、荒れていて立直す必要があるためしばらく新規収容はできないと拒否された」「(地元の)児童自立支援施設は職員体制、施設設備の問題から十分に機能しておらず、収容がためらわれる状況にある」「施設側に人的、物的に限界があるが、管轄している地方自治体の危機感は希薄である。行政職出身の職員も多く、施設自体が専門性の低さを自認している状況である」などの指摘がなされている。
 児童相談所、児童自立支援施設は年齢の比較的低い非行少年らに対し、非行性が高くならないうちに地域の中で関わり、指導をしていくための機関である。しかし、ここまでに報告したとおり、十分にその機能を果たせるだけの態勢が整っていないのが現状である。従来より、児童相談所の担当者の専門性をどう高めるか、人数をどう増やすかが議論されなかったわけではない。ただ、非行少年への対応については、処遇の充実より事案の解明や処罰が優先され、児童相談所の対応としては非行少年より被虐待児へのケアが優先されてきた経緯がある。児童相談所の児童福祉司の人数は多少増加してきているものの、児童虐待問題への対応をするにもまだ不足している状況である。
(4) 少年院、少年鑑別所の状況
 ここ数年の少年院送致件数は全国で5,000件から6,000件で推移しており、数字上は極端な過剰収容の実態にはないが、地域により、一時的ないし恒常的に過剰収容状況に陥る施設もある。アンケート回答にも、過剰収容が慢性的だとの回答、定員を越える事態はないとの回答が混在しており、「全国的に」「常に」「どこの機関」も過剰収容となっているわけではないようだが、地域によっては常時過剰収容が続き、支障が起きる事態となっている。
 家裁が少年院送致決定をするに際し、少年院での矯正教育のおおむねの期間について特段の処遇勧告を付さない場合(いわゆる「長期処遇」の場合)、少年院では、1年弱を目安に処遇計画を立てて矯正教育を行う。処遇の経過が良好であれば、実際には10か月程度で仮退院に至ることもあるが、途中、少年の生活態度などに問題があった時期があれば、その分処遇期間は延びることになる。少年自身の生活態度や教育の成果の程度により処遇期間を柔軟に調整し、ちょうどその少年に適した矯正教育を行えることが少年院での矯正教育の利点である。しかし、アンケート回答によると、ある少年院では「過剰収容のため、処遇に乗ろうが乗るまいが、『長期』でも10か月に満たない期間で仮退院させるので、再犯が多く、悪循環になっている」との報告がある。この事例の場合は、処遇経過の善し悪しにかかわらず、なるべく短期間の処遇で仮退院させようとする姿勢があるとのことであり、本来その少年にとって必要な教育期間が確保されない場合も出てくる状況となっている。一方、別の少年院では、「進級制度が厳格に運用されるようになったため、収容期間が延びる少年が多くなり、過剰収容の状態が続いている。(そのため)個々の少年に十分に目が行き届かないとも聞いている」という状況である。十分な定員枠、職員数が整っていれば、このような問題は避けられるはずである。
 少年鑑別所に関しても、施設、時期により過剰収容状態が見受けられる。「(少年の数が多く、)単独室に複数名の少年を収容することがあった。そのため、少年達も落着かず、暴力事件が起こった事例もあった」との報告もある。どの少年鑑別所も一般的に女子少年の収容定員は少ないため、一時的に女子少年が過剰収容状態になりやすく、その際に職員数、居室数などの面できちんと対応できていないとの現状が指摘されている。また、「建替えで収容定員は増えたが、職員が増えないので対応が手薄になっている」との報告もある。通常、調査官と鑑別所職員は担当の少年について情報を交換したり、処遇について相談したりすることにより、その少年にとってより良い処遇を探っていくのだが、「(鑑別所が満員だと職員が忙しく)少年の生活状況など個別に教えてもらう機会がない」という回答も見られた。

第5 司法現場からの提言

 日本の少年法制は、非行少年に対する処分の厳罰化に非行問題の解決を求め、より低年齢の子どもに対しても取締りの枠を拡げつつある。また、非行事実の解明を口実として、捜査機関による身柄拘束の安易な長期化を容認する実態が横行している。身柄拘束期間を必要以上に長期化させてはならない。
 一方、子どもにとって本当に必要なことは、いろいろな状況に置かれた個々の子どもに対して、多様な処遇ができる態勢を整えることである。だが、現在、社会が用意し得る施設なり処遇なりのバリエーションは、実は非常に限られている。今求められているのは、それら処遇の充実である。
 また、近年の厳罰化傾向の中で、刑事裁判を受け、刑務所で過ごすことになる少年が急増している。刑事手続を少年が受ける場合には少年であることに対する配慮は欠かせないはずである。
 アンケート回答から把握される全国の状況を踏まえ、少年司法の分野において、少年の身柄拘束を必要最小限に抑え、処遇を充実させ、刑事手続を受ける少年へ配慮する方策として、以下を提起する。

1 処分決定までの身柄拘束長期化の防止に向けて
(1)令状発布裁判所
 逮捕・勾留・勾留延長は、裁判所の発する令状によって行われている。現在、捜査機関からの令状請求があれば、かなりの高率で裁判所は請求どおりに令状を出している。この段階で、裁判所がきちんとその必要性の有無を見極め、不要なものについては令状を出さないという扱いを徹底することで、捜査機関も身柄拘束を最小限にしようという意識を明確に持つようになるはずである。身柄拘束が長期化することに対する裁判所の責任は大きい。少年、特に中・高生に対する令状発布には慎重さが必要である。
(2)家庭裁判所
 家庭裁判所は少年法運用の中心機関であり、少年法の趣旨に沿った運用の実践に責任がある。アンケート回答には、「少年事件において、家裁は捜査当局の逸脱行為に甘すぎて、結果的に子どもの権利を侵害する側に回っている」との指摘もなされているが、警察・検察庁の意識が不当であれば、家裁にはそれを是正させるだけの強い姿勢が求められる。
(3)検察庁(官)
 検察庁(官)は捜査機関として、同じく捜査機関である警察を指導する立場であり、検察庁(官)の身柄拘束の長期化を容認する姿勢が警察による安易な逮捕、再逮捕の濫用を助長している。警察が効率的に短期間で捜査を行い、身柄拘束の期間を最小限にしていく努力を怠らないよう、検察庁(官)は指導力を発揮すべきである。
(4)警察
 警察は少年の規範意識の啓発に力を入れており、再逮捕を繰り返すことによって、少年を懲らしめようとしているとも見えるが、それは安易な考え方である。少年事件を担当する警察官は成人と少年の違い、特に少年にとって身柄拘束の長さが生活全体に及ぼす影響の大きさを十分に知り、それに対してきちんとした配慮ができなければならない。刑罰主義に偏らず、少年の被暗示性の強さなどの特徴を念頭においた取調べができる少年係警察官の育成、確保が必要である。
(5)弁護士
 弁護士には警察・検察庁(官)・裁判所を、弁護人や付添人としてチェックする機能が期待されている。福岡、東京などでは、観護措置をとられた少年全員に付添人をつける取組みが始められているが、全国的に見れば、まだ不十分である。多くの少年を援助できるようにするしくみが必要である。

2 処遇の充実に向けて
(1) 児童相談所の充実
 児童相談所は、現在、児童虐待への対応に追われ、非行少年や問題行動のある児童に十分手をかける余力がない状況にある。子どもの起こす様々な問題に対し、早期に、地域として、福祉的・医療的な対応をする児童相談所の機関役割は極めて重要であり、児童福祉司の増員、専門性の向上が何よりも必要である。
(2)児童自立支援施設の増設と充実
 全国の児童自立支援施設の状況には地域差がある。常に満員であるなど、入所すべき少年が入所できない施設については、現状をただちに改善し、いつ、どの地域であっても、児童自立支援施設での処遇を必要とする少年・児童全員が入所でき、より充実した処遇を受けられる体制作りが必要である。
 特に、現在、強制措置を行える国立児童自立支援施設は、全国で男女各1施設ずつしかなく、明らかに不足している。18歳までの長期処遇が可能な児童自立支援施設や、ADHDやアスペルガーといった発達障害に対応できる児童精神科医が常駐する施設などの多様性も必要である。
(3)少年の更生を支援する多様な通所施設・居住施設の新設
 自立援助ホームあるいは補導委託先など、家庭内では生活が安定しない少年たちが自立していけるまで生活できる施設が不足している。現在、この種の施設は民間の篤志家によって運営されているが、充実させるためには公的補助を可能にしたり、公的な施設の新設も含めて考える必要がある。
(4)少年院の増設と充実
 少年院は、時に過剰収容となることも多く、現状のままでは処遇に支障をきたす。また、発達障害などを抱えた少年の増加など、入所者の抱える問題も複雑困難化しているため、個別処遇に注がれる労力は増えてきている。少年院の増設と職員の増員、職員の専門性の向上、問題に応じた多様な処遇プログラムの開発・実施が強く求められている。
(5)帰住先がない少年のための住居となるべき施設の設置
 この種の施設としては更生保護会の施設があるが、全国的に不足しており、特に少年だけを対象としている施設は非常に少ない。成人と共用の施設では、少年たちはなかなか落着いた生活ができない。家庭が少年を受け入れず、帰住先がないために少年院からの仮退院時期が遅れた場合、そうした経緯が少年の更生意欲を削いでしまうことが多いことからも、仮退院後の中間施設の新設・増設が必要である。
(6)保護観察の充実
 前述したように2007年「改正」では、遵守事項違反を理由とした少年院送致が可能となった。しかし、必要なのは、少年たちに脅しをかける「改正」ではなく、少年たちの更生援護を目的とした本来の保護観察が充分に機能できるような保護観察官の増員であり、保護司を含めた専門性の向上である。
(7)家庭裁判所の充実と家庭裁判所調査官の増員
 事件送致されてきたいかなる少年にも適切な保護的措置を行い、保護処分が必要な少年には最適・相応な保護処分を決定していくためには、家庭裁判所のいっそうの充実が不可欠である。そのために重要なのは家庭裁判所調査官(調査官)の存在であり、少年事件に関わる訟廷職員、裁判所書記官、裁判官の増員とともに、調査官の増員が是非とも必要である。

3 刑事手続を受ける少年への配慮
(1) 刑事裁判中の配慮
 少年の刑事裁判では手続の迅速化、少年の情操保護を最大限指向する必要がある。また、勾留中、刑事裁判中の少年を代用刑事施設に置くことには大きな問題がある。成人と分離した上での拘置所の利用、審判段階の少年と分離しての少年鑑別所の利用などの道筋が早急に検討されるべきである。
(2) 少年刑務所での処遇の充実
 2000年「改正」後、少年刑務所での20歳未満の少年に対する処遇は改善・充実が図られてはいるが、刑務所で数年から十数年を過ごす少年に対するプログラムは、まだ不十分である。少年院での矯正教育を受けた後に少年刑務所に移るといったシステムにしたり、刑務所内でよりいっそう学科・職業教育を受けられるようにしたりするなどの改善が必要である。

第2部 父母の離婚または別居に伴う子どもをめぐる問題

第1 制度の概要と現状

1 日本の調停・審判制度
 父母の離婚または別居に伴い、子どもは必然的に大きな影響を受ける。子どもは別居した親と日常的な交流が持てなくなり、転居することになれば、交友関係も新たに築くことになる。家計が以前と比べて苦しい状態になることも多い。
 日本では離婚の約90%が協議離婚であるため、父母同士が話し合いで、離婚後の子どもの監護者(子どもと同居して養育する親)をどちらにするか、別居することになる親(非監護親)と子どもの面接交渉(非監護親と子どもとが会って交流をはかること)をどのように行うか、養育費の負担額をいくらにするかなどを決めていくことが基本である。しかし、父母同士では話し合いがまとまらない場合には、片方の親が家裁に家事調停を申立てることになる。家事調停は、裁判官1名と民間から選ばれた調停委員2名で構成する調停委員会が、当事者双方の主張や言い分を聞いて合意の斡旋を行う制度である。合意ができればその内容を調書に残し、調書に記載された事項は裁判での判決と同じ効力を持つ。
 「面接交渉」、「子の引渡し」、「子の監護者の指定」、「養育費」等は一般的には「子の監護に関する処分」という調停として行われているが、離婚自体の調停や親権者の指定・変更を求める調停の中でも、話題になることがある。なお、「子の監護に関する処分」の調停は、調停で合意ができなければ不成立となって終了し、審判に移行したうえで家裁の裁判官が決定を下すことになっている。
 調停あるいは審判で決められた義務の履行がなされない時には、一方の当事者は家裁に履行勧告を申し出たり、あるいは地裁で強制執行の手続をとることもできる。ただし、これらの履行確保のための手続は、面接交渉や子どもの生活の場の変更など、親子の人間関係の問題の解決には馴染まない面があり、養育費の請求についても様々な限界がある。

2 「子の監護に関する処分」事件の増加
 前述のとおり、「子の監護に関する処分」は調停としても審判としても行われるものであるが、近年、調停・審判ともに大幅に件数が増加している。
 日本全国の「子の監護に関する処分」調停の件数としては1996年(平成8年)に10,459件だったものが2005年(平成17年)には21,570件となり、この10年間に 2.06倍になっている。一方、審判の件数としては、1996年(平成8年)に1,381件だったものが、2005年(平成17年)には4,158件となり、3.01倍となっている※13。
   ※13家庭裁判月報第59巻 1号「家庭裁判所事件の概況」より。

3 アンケート回答者の視点
 今回のアンケートの主な回答者である調査官は、調停や審判に出席して子どもの監護に関する助言・援助を行ったり、子どもの状況や子どもの意向を調査したりしている。面接交渉の調停・審判では、家裁内や家裁外で行われる試行的な面接交渉のセッティングをしたり、面接交渉自体に立会って援助することもある。監護者の指定のためには、子どもの通う保育園や学校に出向いたりすることもある。
 そのような仕事をしている全国の調査官から寄せられたアンケート回答には、父母の離婚または別居に伴う子どもの問題の解決にあたって、司法の対応あるいは家裁の現場で見られる様々な問題点があらわれている。
 なお、本稿は、主に調査官からのアンケート回答を基にまとめたものであるため、家裁の調停、審判および訴訟にあらわれる子どもと両親を中心にイメージしており、協議離婚など、家裁の関与なしで問題が解決できている人のことはあまりイメージされていないことをお断りしておきたい。

第2 面接交渉

1 「面接交渉」事件の増加傾向
 家裁の実務感覚では、「面接交渉」を求める調停・審判の申立てがこのところかなり増加しており、その上に、離婚調停、離婚訴訟や親権者変更調停などの中でも面接交渉が話題になることが従前より増えてきている。これは、日本でも面接交渉についての国民の意識が年々高くなり、面接交渉を求める非監護親が増えてきているためであると考えられる。また少子化の影響もあって、親の子どもに対する気持ちが、数少ない子ども(一人っ子である場合も多い)に集中してきていることも関係している可能性がある。

2 親の問題
 本来、子どもの成長・発達を支えるような良い面接交渉を行うためには、父母が子どもの親という一点で協力し、お互いに相手の立場や子どものことを考え、一定の信頼関係のもとでルールを守ることが望ましい。父母がそのような姿勢であれば、スムーズに継続的な面接交渉が行えることが多い。
 しかしながら、現実に家裁に来る父母の中には、離婚自体、あるいは子どもの親権者にどちらがなるかを激しく争っている場合や、離婚後も相手に不信感を持ったり、未練があったりと様々な葛藤を抱えている場合も多く、面接交渉の円滑な実施は難しい。代表的なのは、「父母ともに、子の福祉を中心に考えることができず、自己の希望に固執して、協力態勢がとれない。必要最低限の信頼関係を築けない」「子の父母として最低限の人間関係を維持しようとする意欲が乏しい」「元夫婦としての感情にひきずられ、子の福祉の観点に立った冷静な判断ができない。婚姻中の葛藤を克服できていない」などの声である。個別に見ると、子どもと同居している監護親については、「非監護親に対する不信感が強く、暴力や連れ去りの心配がなくても面接交渉に応じない」「非監護親を嫌う感情から、大きな理由もなく面接交渉を拒否する」「適切な面接は子の成長や精神的な安定に必要との視点を受け入れない。理解してもらおうとしても、会わせるように説得されていると受け止めて反発、抵抗を示す」などが指摘されている。他方で、非監護親については、「権利のみにこだわり、子に合わせた柔軟な対応ができない」「面接交渉が法制化されている諸外国の例を持ち出して、『家裁は憲法違反』と言われる」などの声が寄せられた。
 父母の双方が「他方の揚げ足取りばかりして、内省的構えとならない」「子の心情より自分の感情、主張を優先させる」ようなケースでは、結果的に面接交渉実施が困難であるし、たとえ面接交渉を実施できたとしても、「子どもに与える精神的負担が大きい」「子が親の紛争の渦中に置かれる」など、子どもへの悪影響が懸念される。
 調停や審判で、当事者に弁護士がつくこともあるが、弁護士も考え方に大きな差がある。頑なな依頼者にうまく働きかけて、面接交渉実現に向けて調整し、自ら面接交渉に立会ったり、面接交渉の場所として弁護士事務所を提供するような弁護士もいる一方で、「代理人弁護士が子の福祉に配慮せず、依頼者の主張が通ることのみに固執し、相手の悪口を並べる」「代理人弁護士に、子の視点や穏やかな解決を目指す意向が欠けていて、双方代理人が対決姿勢」などのために調停進行がうまくいかないケースも多い。弁護士には専門職として、「解決に向け当事者に調整的働きかけをしてもらいたい」との意見も出されている。

3 子どもの意向
 面接交渉は子ども本人の気持ちに沿った方法で、その子どもにとって一番自然な形で行われることが望ましい。したがって、子どもの年齢によっては子どもの意向を反映して面接交渉について決める方が良い場合もある。
 しかし、監護親の中には、最初から「子どもの気持ちを聞いてほしい」と小学生の子どもを裁判所に連れて来るなど、子どもを巻き込んで自分の主張を通そうとしたり、自分の意向と子どもの意向とは同じであると疑わずに主張したり、子どもの意向を操作して自分の主張に合わせる発言をさせたりして、子どもにストレスを与えている場合もある。父母が親同士の話し合いを避け、あるいは親としての決断をすることから逃げるために、子どもの意向を持ち出す場合も多く、そのような場合に子どもの意向を聞いてそのとおりの面接交渉を決めようとすることは、子どもにだけ責任を負わせることになり、子どもにとっては大きな負担となる。
 もちろん親同士の話し合いが難航する場合に、子どもの発言が父母に新しい視点をもたらすこともある。しかし、子どもの意向を親が受容できない場合も多々あり、特に低年齢の子どもの意向は、家裁の判断の直接の理由とせず、両親に子どもの心境を理解し、子どもに配慮した進め方を考えてもらうきっかけとするなど、子どもの意向をどのように解決策に反映させるかについては慎重に扱う必要がある。また、子どもへの説明の仕方、子どもの意向の聞き方には当然ながら工夫が必要である。

4 試行面接交渉
 当事者同士では面接交渉を実施するのが無理または困難であっても、主に家裁の中で、家裁の職員が関与して、試行的に面接交渉をしてみることに両者が同意すれば、調停や審判の中で調査官が援助して面接交渉を行うことがある。試行がうまくいき、非監護親が子どもと楽しく遊ぶ様子を見て監護親が安心し、調停がうまくまとまり、その後の継続的な面接交渉が可能になるような場合もある。
 このような面接交渉の試行をするために、ある程度以上の規模の家裁には、児童室(プレイルーム、家族面接室など名称は様々)が設置されており、ビデオ、ワンウェイミラーなどの設備があるところもある。他方で、地方都市にある家裁の支部、出張所の多くにはそうした部屋がない。県庁所在地にある本庁でさえも、児童室がないところがある。カーペット敷きの部屋や会議室などで代用できるところもあるが、そうした部屋すらない庁もある。また児童室がある庁でも、その設置位置や日照に問題があったり、設備が不十分であるなどと報告されている。
 すべての家裁への試行面接交渉用の部屋や必要な機器の整備にさらに力を入れるべきである。

5 調停・審判の終了と履行確保
(1) 調停・審判の終了
 調停で、当事者同士が面接交渉実施に合意すれば、調停が成立する。調停での話し合いが合意に至らなければ、審判に移行して家裁の裁判官が決定を出す。
 調停が成立した場合には、当事者同士が納得しているので、当事者同士の連絡により、任意の面接交渉を実施していくという道筋をたどることが多い。しかし、実施してみると、親同士がお互いに相手のルール違反をとがめて喧嘩になったり、双方の親族が紛争に荷担して問題を大きくしたりして、うまくいかなくなることもある。
 審判で面接交渉が決まった場合には、もともと監護親が非監護親と子どもを会わせることに反対しているため、調停で決まった場合よりも面接交渉の実施は難しくなる。監護親があくまで拒否姿勢を貫けば、事実上面接交渉は実施できず、審判書は絵に描いた餅になることがある。
(2) 履行確保
 調停や審判で面接交渉の大筋が決まっても、具体的な日程や送迎方法の調整の際に行き違いが生じるなどし、取り決めた頻度や方法に沿った面接交渉を円滑に実施できないことがある。
 このような場合には、どちらの親からでも家裁に履行勧告を申し出ることができる。一方の親からの申出を受けた家裁は、他方の親に手紙や電話などで連絡をして、取り決めに沿った面接交渉ができるよう調整する。しかし、履行勧告には強制力がないので、履行勧告をしても面接交渉がスムーズにできないままであることも少なくない。
 なお、家裁で決まっている面接交渉を監護親が実行しない場合には、間接強制といって、1日につき幾らかの金銭納付を命じ、その圧力で面接交渉をさせるという方法もある。しかし、監護親がお金を払ってでも会わせないと決断すれば、結局面接交渉は実現しないままであるし、さらに、間接強制という方法をとることによって、監護親の気持ちを逆撫でする結果となり、余計に面接交渉が実現しにくくなる危険性も否めず、間接強制の申立てまでは、ほとんどなされないのが現状である。

6 より良い面接交渉のために
(1) 法制度
 裁判所の実務では、面接交渉権があり、それが子どもの権利であるとする考え方が最有力であり、ほとんどの担当者はそのような立場で当事者と接しているものと思われる。しかし、日本では、面接交渉について、法律に明文の規定がない。そして、面接交渉が誰の権利かということについても、親の権利、子どもの権利、双方の権利、誰の権利でもない等の諸説があり、はっきり子どもの権利とも規定されていない状況にある。子どもの権利条約9条3項の「締約国は、親の一方または双方から分離されている子どもが、子どもの最善の利益に反しない限り、定期的に親双方との個人的関係および直接の接触を保つ権利を尊重する」との規定に日本の国内法整備は追いついていない。面接交渉権を法律上明文の規定とすべきだとの意見は各方面から根強く主張されている。
 アンケート回答の中でも「明文で、子の権利と規定すべき(面接交渉は、親の都合ではなく、子の成長にとって必要とする)」「子の虐待もしくはそれに類似の不適切な扱いがあった場合以外は、原則として面接交渉権があると明文化すべき」「子の福祉の観点から明文化すべき」などの意見がかなりある。また「一定の年齢以上の子に関して面接交渉を決める際には、裁判所は子の意向を聴取せねばならないと明文化すべき」「手続の迅速化も明文化すべき」という意見、「せめて面接交渉阻害事由だけでも明確にしてほしい」という声もあった。
 面接交渉が不適当な場合としては、一般に、非監護親が子どもを虐待したことがあるなど子どもに危害を加える危険がある場合や、非監護親がDVの加害者であり、(直接の被害者である監護親のみならず)そのDVを目撃した子どもも強い恐怖感を非監護親に対して持っている場合などがあげられている。ただし、非監護親が薬物やアルコール依存などの問題を持っていたり、特別の理由なく非就労であったりする場合に、一律に面接交渉を禁止できるかどうか、難しさがある。
 他方では、逆に、「DVや虐待がなければ、原則面接交渉を認めるという家裁のスタンスが監護親へのハラスメントだ」「面接交渉は、親自身の要求であることが多いし、面接交渉を制限すべき親もいる。それなのに『未成年者の福祉につながらない特別な事情がない限り面接を認める』との家裁の姿勢がおかしい」などの問題意識からの回答もあった。
 このように現状は、どのような場合に面接交渉を制限すべきかの判断基準がなく、判例も一定ではない。したがって、法律上明文化すべきかどうか、明文化する場合にどのような規定にするべきかについては認識の差が大きい。
(2) 社会的なコンセンサス
 面接交渉について何が正しいのかということについても、社会的なコンセンサスが得られていないのが、日本の現状である。家裁で調停等を担当する裁判官、調停委員、調査官、裁判所書記官も人によって、面接交渉に対する考え方に幅がある。そのために、当事者も担当者も混乱したり、それぞれが都合の良い部分だけを主張するという状況になっている。特に最近はインターネットで様々な情報が流れているため、自分に有利な情報だけを取り込んで主張する当事者が増えている。
 そういう意味では、まず面接交渉について標準的で望ましい基準やルール作りを急ぎ、それを広く社会に発信・広報して、社会的なコンセンサスを早期に作っていくことが求められていると言える。
 また日本の風潮として、「再婚すると前の親は子に会うべきでないとの価値観が強いため、監護親が再婚し、新しい配偶者と子が養子縁組すると、新しい親がいるから子を前の親に会わせる必要はないと頑なになる監護親がおり、子は明らかに会いたがっていても、再婚家庭の安定がネックになって、面接交渉できないこともある」という指摘もあった。
(3) 裁判所以外の援助機関
 面接交渉に関連して、今後整備すべきものとしては、「裁判所以外の援助団体、援助グループが非常に少ないので増やす」「長期間の面接交渉継続には、事件係属時しか力を発揮できない家裁ではなく、行政機関等が援助するしくみを作る」「FPIC(家庭問題情報センター、面接交渉援助を有料で行っている団体)だけでなく、無料で支援するボランティア組織が必要」「司法機関でも行政機関でも良いから、面接交渉や子の引渡しの専任の機関(担当者)を置く」「アメリカのペアレンティング・コーディネーションのように、継続的サービスが受けられる機関を作り、費用の公的負担措置が望まれる」「父母が顔を合わせたくない場合などに、面接交渉を仲介できる専門機関を設置する」「庁外に安全な面接交渉用の場所(乳児、双生児、障害児にも利用しやすいもの)を作る」などがあげられている。
 当事者のみでの面接交渉は難しくても、第三者によるある程度の仲介があれば継続した面接交渉の実現が可能であるようなケースは少なくない。例えば、親同士が顔を合わせたくない、あるいは連れ去りに対する不安がぬぐいきれないといった場合には、面接交渉を具体的に調整し、面接交渉のための場所を提供するような機関の支援により、安定した面接交渉の実現が期待できる。しかし、現在、日本ではそのようなサービスを提供する機関はごく限られている。家裁での試行面接交渉が円滑に実現できた場合でも、当事者のみでの直接の連絡が難しいなどの事情で家裁での最終的な合意ができないケースもあり、裁判所外の面接交渉を支援する機関の設立が求められる。

7 まとめ
 面接交渉への関心が急速に高まってきている中、離婚後の非監護親と子どもとの継続的な関わりを検討すること自体は子どもにとって良いことではあるが、面接交渉が、真に子どもの権利として、我が国に定着しているとは言い難く、今後の課題も多い。面接交渉についての考え方を整理し、社会のコンセンサスを形成し、公的な費用で必要な機関・担当者を設置したり、必要な設備を用意したりするなどが必要であろう。
 親の紛争に巻き込まれたり、親が別居したり離婚したことで、傷ついている子どもの最善の利益を考え、成長・発達にプラスになる面接交渉が実施できるよう、社会をあげて応援・援助していく必要がある。

第3 子の引渡し

1 子の引渡しの執行が問題となる状況
 近年の少子化の影響もあってか、別居中の夫婦が互いに子どもの引取りを主張して譲らず、紛争が激化することが多い。また、離婚後に非親権者が子どもを手放さず、親権者との間で激しい争いとなるケースもある。子どもと同居していない親は、自分がこれまで主に子どもを監護してきて本来子どもを監護するはずの親である、また、相手は自分の了解もないまま一方的に子どもを連れ去った、あるいは相手は現在子どもを適切に養育していないなどと主張し、逆に子どもを手元においている側は、これに真っ向から対立する主張を展開することになる。このような紛争の場合、すでに子どもが一方または双方の親によるかなり強引な方法での転居を経験していることも多く、子どもと同居している親が子どもが連れ去られることを警戒して、子どもから目を離さないように非常に気を遣っていることもある。このような環境に置かれた子どもは、自分のことで父母が争う状況を目の当たりにし、心を痛めることになる。
 こうした紛争の解決を求めて「子の引渡し」と「子の監護者の指定」が同時に申立てられることが多い。紛争の渦中におかれた子どもの生活すべき場所を司法の場で決めていく一連の手続においては、子どもの基本的人権が第一に尊重され、その福祉に適うよう配慮されるべきであるのは言うまでもない。しかし、調停での合意ができず、審判で子どもが現在同居していない親に引き渡されるべきだとの決定が出されても、現に同居している親が自主的に子どもを他方の親に引き渡さない場合、事態は子どもにとって過酷なものになってしまうことも多い。
 日本の法制度上、抗告等で確定までに時間がかかり、子の引渡しが速やかに行われず、子が同居親宅に落着いてしまい、引渡し決定が有名無実になることを避けるため、審判前の保全処分というしくみがある。これは、非監護親が、本案の審判確定前に仮に子を自分に引き渡してほしいと求めるもので、保全処分が認容されて、「相手方は申立人に対し、仮に子を引渡せ」という決定が出れば、執行力があるので、たとえ監護親が抗告して、本案が確定しなくても、子の引渡しの強制執行が可能である。
 保全処分または本案により裁判所に子どもを監護する権利を認められたが、現実には子どもと同居できない親としては、家裁の履行勧告あるいは地裁の強制執行手続を利用することになる。場合によっては、地裁に人身保護請求をするということもある。いずれの法的手段にしても、司法を担う立場で「子どものため」という視点をどう維持するかは難しい。
 アンケート回答では、子どもの基本的人権や生活権が脅かされているような事例が多く指摘されている。

2 子の引渡しに応じない事例
 裁判所の決定に反して子どもの引渡しに応じない事例が多数回答された。なお、以下の文中の「直接強制」とは、執行官が立会うなどして子どもを現に監護している親から監護すべきと指定された親に引き渡すこと、「間接強制」とは、子どもを引き渡す義務のある者にその義務を履行しない間、 1日につき一定金額の支払いを命ずるといった形で間接的に義務を果たさせることをいう。
 子どもを奪取したまま、間接強制を受けても引渡しを拒み続けた事例があった。また、直接強制に抵抗して執行が不能となった事例、子の引渡し審判決定に抗告はしないものの、実際の執行にも応じない事例などが挙げられた。中には、ボクサー志望だった父が決定を無視して乳児を引き渡さず、直接父からの引渡しを求めれば暴力事件に発展するおそれもあったため、父の不在時に父方祖父母から引渡しを受けたという事例や、子どもを海外に連れ去るなど行方をくらました事例もあった。当事者のみならず、その家族も引渡しに反対して紛争に拍車をかけるという事例も散見される。
 対立が激しく下級審の判断が出ても抗告をするといった場合は、紛争が長期化することが多く、子どもが心身に受ける影響や問題は大きい。また、紛争が長引くと、子どもが現状に安定して実際の引渡しが困難になることも多い。父が人事訴訟事件の判決を不服として最高裁まで争った結果、父母別居時、生後6か月だった子どもが、子の引渡し確定時はすでに3歳となり、母子関係を築くのにさらに時間がかかった事例も報告された。また、中には引渡し決定を守らずに数年間子どもと一緒に生活した親が、家裁に親権者変更を申立て、認容された事例も挙げられた。これでは法的手続が有名無実であるとの感がある。
 前述のとおり、保全処分を得て強制執行をする方法はあるが、この制度は十分活用されているとは言えず、弁護士でさえ、子の引渡しの保全処分の強制執行について、正しく理解していないこともある。そのため、保全処分の決定が出たのに、強制執行に着手しないまま2週間以上経過して、強制執行ができなくなってしまう事例もある。

3 引渡しの中の子ども
 子の引渡しが、子どもの気持ちや実情を考慮せずに、いわば大人の理屈で行われてしまうことがある。当事者に「子どもの福祉を優先するべき」とどんなに教示しても、結果的には親の意向が優先されて、子どもに心理的、身体的負担をかけることが多い。
 直接強制の際、小学3年生の子どもが泣きながら「行きたくない」と訴えて執行官と母が近くの喫茶店で数時間に渡って説得したという事例があった。引渡しに応じたくない親があえて子どもに行きたくないと言わせている場合もある。
 また、家裁の審判と地裁の人身保護請求が同時進行していた事例で、家裁の調査で子どもが「非親権者のところで暮らしたい」と希望したのに、人身保護請求によって親権者への引渡しが認容された事案があった。子どもにしてみれば自分の意向を無視され、「強引に引き裂かれた」と感じて、精神的な傷を負ったものと思われる。

4 子の引渡しに関連する問題点
 司法の判断を実現するために強制執行手続の制度があるが、子どもが今同居していない親と同居する状況を強制的な手段で実現すること、かつ、その際に子どもにかかる負担が大きくならないようにすることは、元来難しいものである。だが、何らかの手段で執行ができる態勢を整えなければ、結局は強引な手段を用いてでも子どもを手元においた親と子どもの生活を裁判所が追認することしかできなくなり、双方の親が互いに子どもの奪取を繰り返すような事態を招きかねない。「子の引渡しの執行が実現できにくいため、結論が現状維持に傾きやすい」「訴訟で決まっても引渡しがなされず、いたずらに月日が経過してしまう事例が多く、無力感を感じている」といった回答が見られる。
 法的に強制執行手続はできるが、実際の執行で子どもを物のように力ずくで取上げることは、人権的な見地からは疑問があるとの意見もある。また、強制執行手続に移ると事件が家裁から地裁に移るので担当者間で連携ができないこと、家裁には決定後引渡しを見届ける制度がないことも、問題点として挙げられる。ただ、「調査官が履行勧告の命令内で、直接執行に同行した」「同じ当事者の別件調停に関与していた調査官が、執行官と連携して説得した」など、制度的裏付けがない中で連携を図ろうとする試みも報告されており、こうした試みのあり方についても今後議論を重ねていくことが必要であろう。
 いずれにしてもケースごとに、子どもにできるだけ負担の少ない方法で引渡しを実現する工夫が必要である。

第4 養育費支払いの確保

1 裁判所で決まった養育費支払いが滞った場合の制度
 家裁の調停、審判、判決で養育費支払いが決まった場合、決まったとおりに支払い義務が履行されなければ、強制執行手続がとれる。養育費に関する強制執行手続については、2004年(平成16年)4月に通常の強制執行手続とは異なる特例が設けられた。この特例は、@未払分があれば、その分だけに限らず将来にわたって支払われるべきものについても、1回手続することで、順次差押えが可能であること、A差押えの範囲が、通常は給料などの4分の1に相当する金額までであるのに対し、養育費については、給料などの2分の1に相当する金額まで差押えが可能であることである。このような特例ができたことで、養育費支払いが履行されない場合の強制執行手続の効力は強くなり、強制執行手続がとれる相手であれば、支払いを確保しやすくなった。だが、実際にはまだまだ確実に支払いを受けられるような制度が整っているとは言えない。
 強制執行手続とは別に、非監護親が支払うべき養育費を支払わない場合、監護親は家裁に履行勧告の手続を申し出ることができる。全国での履行勧告の申出件数は年々増加してきており、2004年(平成16年)には16,475件であった。この件数は10年前の約 1.6倍となっている。履行勧告には養育費支払い以外の金銭の支払い等を求めるもの、人間関係調整を求めるものなども含まれているが、これらは割合としては限られたものである。履行確保の対象となった金銭債務等の遅滞分が、履行勧告によりどの程度履行されたかという点を2004年(平成16年)の数値で見ると、「全部履行」、つまり遅れがなくなったものが29%、「一部履行」、つまり少し支払われたが遅れが残っているものが25%、「その他」、つまり全く支払われない、あるいは連絡が取れないなどが46%となっている。ここ10年の推移を見ると、「その他」の割合が増加傾向にある※14。
   ※14家庭裁判月報第58巻 1号「家庭裁判所事件の概況」より。

2 容易にはできない強制執行手続
 家裁で履行勧告手続を担当していると、支払いが受けられずに、苦しい生活を強いられる子どもと監護親の切実な状況に触れることが多い。アンケートでもこの質問項目についてはほとんどの庁から何らかの回答があり、全国的な状況であることがわかる。
 非監護親が病気、事故のために収入を得られなくなったりしたという場合は、非監護親にも同情すべき事情があるが、調停が成立した初回の支払いから滞るような事例も少なからずある。調停は当事者の合意により成立するものであり、本人の意に反して裁判所が決定したわけではない。非監護親は自ら支払いを約束したのである。約束だけして、実際には全く支払わない非監護親たちには、支払いをしなければしないままで済むとの意識があるのではないかと思われる。実際、履行勧告は非監護親に履行を促すだけの手続であり、強制力はない。強制執行手続がとれなければ、非監護親に強制的に養育費を支払わせることはできない。ところが、非監護親が転職していて勤務先がわからない、転居先が不明であるなどの事情があると、強制執行はできない。強制執行手続がとれれば、前記のような特例措置が認められるとしても、非監護親の住所、給料を支払っている会社を特定する責任は監護親にあり、それが把握・特定できない限り、強制執行手続はとれないのである。非監護親が自営業である場合も、収入源を特定することは困難であり、強制執行はしにくい。このような状況下で、監護親が非監護親からの養育費の支払いをあきらめざるを得ない事例については、多くの回答で触れられている。

3 養育費を受け取れない監護親と子どもとの生活
 監護親は非監護親からの養育費を受けられないままに、多くの場合、劣悪な労働条件で働き、一人で子どもを養わなければならなくなる。アンケート回答には、働く時間が長くなるため、子どもがその間一人で在宅しなければならなくなったり、監護親の不平の聞き役を子どもが担わなければならなくなったりするケースや、監護親の精神的な負担感が大きくなり、子どもへの虐待へと発展するケースもあるなどの報告があった。子どもの意向を無視して、子どもを相手(非監護親)に渡してしまったような事例も複数回答されている。
 このような生活が子どもにどのような影響を与えるか。アンケート回答に多かったのは、希望の教育を受けることが制限される例であり、高校、大学への進学をあきらめる、学費を払えなくなって中退する、習い事をあきらめるといった回答があった。
 子どもと非監護親との関係にも必然的に影響がある。アンケート回答によれば、監護親が養育費不払いに対抗して、面接交渉を中止したり、非監護親の悪口を子どもに言ったりする。逆に、面接交渉の時に非監護親から養育費を貰うように監護親から言い含められる子どももいる。非監護親が養育費を払ってくれないと監護親からずっと言い聞かされ、非監護親を恨んで育ったような子どももいる。監護親が担当調査官に示した子どもから非監護親への手紙に記された非監護親への積年の恨みは凄まじく、担当者は子どもが受けた傷の大きさに驚いたとの報告もあった。

4 公的な援助の貧弱さ
 アンケート回答には、監護親が実家の援助で生活していたが、実家の父が病気で入院し、援助が得られなくなったケースで、非監護親に強制執行しようにも、非監護親の財産および勤務先がわからないので差押えができず、役所に行っても、非監護親がいるなら、まず、非監護親に養育費を支払ってもらうよう言われて公的扶助も受けられなかったという事例が寄せられている。また、母の収入に応じて母子家庭に国から支払われる児童扶養手当についても、非監護親である父からの養育費支払い額の8割が母の収入として算入された上で支給されており、養育費が支払われないことがあっても、すぐに公的扶助による補填が受けられるような柔軟な対応はなされていない。このように、家裁の調停調書などでの取り決めがあっても、そのとおりに養育費の支払いが受けられない場合には、生活に困窮しても生活保護が受けにくい、児童扶養手当が実質的には減額されるなどの事態が起きる。実態に即応した公的援助の柔軟な対応がなければ、監護親にとっては、調書による取り決めがあることがかえって公的援助の障害となってしまうのである。

5 今後の課題
 子どもの権利条約第18条には、親の第1次的養育責任が定められ、国は、この親による養育についての責任遂行を援助することとされている。また、条約第27条には、十分な生活水準について、子どもの権利を認め、国はその権利の実現のため、父母を援助することが定められている。 
 しかし、現状はここまで述べたとおりであり、未成熟子の親として養育費を支払わなければならないという自覚に欠ける非監護親はまだ多く、養育費がきちんと支払われるようにする社会の体制は整っていない。社会全体が、子どもと同居していない親には養育費を支払う責任があるのだという意識を当たり前に持つこと、また、養育費支払いが実現しやすい制度が実施されることが望まれる。そのためには、司法的な手続を強化するのみでなく、行政的あるいは刑事的な面からの手続強化も必要である。
 アンケートでは、いろいろな視点からの提案がなされている。司法手続の強化としては、「家裁で決まった養育費は給料から天引きできるようにする」「財産開示手続にあたり、財産を職権で調査できるようにする」「家裁が非監護親の経済状況に関する情報を財務当局から得られるようにする」「預貯金口座の照会や差押え物件の調査権限を監護親に与える」「免責を認めない、消滅時効を延ばす」などの提案がある。また、行政機関の関与の方法としては、「国または地方自治体が未払いの養育費を立て替えて監護親に支払い、後から国が非監護親から取り立てる」「財政当局が税金の源泉徴収のように非監護親の給料から天引きする」「ひとり親家庭に対する公的扶助を充実させ、無金利あるいは低利子の養育費融資制度を創設する」などがあげられ、国のより積極的な介入を求める内容となっている。他にも、不履行の非監護親への刑事罰や運転免許更新不可のような行政処分、一方では、養育費支払いに対する税金の控除なども提案されている。いずれも容易には実現しにくいかもしれないが、これらの提案にあるようなかなり思い切った制度強化をしなければ、非監護親からの養育費が当然に支払われる社会にはならないだろう。

第5 司法現場からの提言

 父母の離婚または別居に伴い、子どもの福祉が損なわれることがないようにするため、以下のようなことが求められる。

1 総合的対策
(1) 離婚にあたっての父母教育を充実させる。
 親教育プログラムの受講を義務化するなどし、この中で離婚が子どもの生活に与える影響や子どもの受けるストレス、面接交渉のあり方、面接交渉は子どもの権利であること、養育費支払いの必要性、その他離婚に伴って検討すべき事項について、離婚する親が学ぶ機会を充実させる。
(2) 社会全体への啓蒙を行う。
 離婚等に伴い子どもと別居することになった親と子どもの関わりのあり方、離婚家庭の子どもが面接交渉に関して抱くジレンマの理解、監護親と非監護親の義務と課題について啓発広報活動をする。

2 面接交渉に関するもの
(1) 社会内で面接交渉を支援する機関を増設し、そのサービスを充実、多様化させる。
(2) 全国の家裁(支部、出張所も含む)に児童室を整備する。

3 子の引渡しに関するもの
(1) 司法の判断が確定するまでの期間を短縮化する。
(2) 子どもの心情に配慮できる強制執行手続を工夫する。

4 養育費に関するもの
(1) 養育費の不払いに対し、刑事罰および行政処分をする。
(2) 強制執行をしやすくする、あるいは不要にする。
(3) 行政機関の介入を強化する。

 
ページの先頭へ