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少年法関連
 
法制審議会諮問第83号に関する意見
法制審議会少年法部会審議委員 殿
2008年1月4日
千代田区隼町4−2最高裁判所内 全司法本部
(Tel03-6272-9810 内線5187)
全司法労働組合少年法対策委員会     
中央執行副委員長 伊藤 由紀夫
中央執行委員 野田 真一郎

はじめに

 私たち全司法労働組合は、全国の裁判所職員で組織された労働組合で、少年事件を実際に担当している家庭裁判所調査官、書記官、事務官等も多数加入して構成されています。
 私たちは基本的に、よりいっそう国民に開かれた裁判所を実現することを理念に掲げています。また、家庭裁判所における少年事件については、少年法の理念を守り、少年の更生保護をすすめるとともに少年の再犯防止を重視して、業務の点検、調査・研究、提案の活動を積み重ねてきました。犯罪被害者等への支援についても、犯罪被害賠償制度の新設、被害者等への付添人弁護士制度の新設、被害者等の医療保険制度の新設等、国を挙げて方策を尽くさねばならない、その現実的な検討が遅れすぎていないかと考えるものです。
 平成19年11月29日、法務大臣から法制審議会に対し諮問第83号(少年審判における犯罪被害者等の権利利益の一層の保護等を図るための法整備)が発出されました。この諮問事項は、平成16年12月に成立した犯罪被害者等基本法の理念をふまえたものであると承知しています。また、今回の諮問事項は、全体的には少年司法の理念もふまえて熟考され、限定的・謙抑的な姿勢に貫かれた面が強いとも受けとめています。
その上で、私たちは、家庭裁判所で少年事件の実務を担う者として、今回の諮問事項について意見交換と議論を重ね、以下の意見を取りまとめるに至りました。ぜひ、ご検討をいただきたいと思います。

意見趣旨

  1. 諮問事項第一に関わる、被害者等による少年審判の傍聴については、少年法施行(昭 和24年)後、58年に及ぶ少年審判の有効性、特に少年審判における〈要保護性〉の調 査・審判の有効性をふまえ、また、現状の家庭裁判所の人的・物的態勢の限界等を勘案 して、拙速な法制化には反対であり、心理、教育、福祉、医療、法律など多分野の専門 家による慎重な検討・審議がなお必要であると考える。
  2. 諮問事項第二に関わる、記録(法律記録)の閲覧・謄写については、2000年(平成12 年)「改正」少年法の運用状況等をふまえつつ、一定の範囲で閲覧・謄写を認める場合 の要件を緩和することは相当と考える。
  3. 諮問事項第三に関わる、被害者等の申出による意見の聴取の対象者の拡大については、相当と考える。
  4. 諮問事項第四に関わる、少年法第37条第1項に掲げる罪に係わる成人の刑事事件の管 轄を家庭裁判所から地方裁判所または簡易裁判所へ移管することについては、基本的に は相当と考えるが、司法制度改革全般における少年の刑事事件のあり方・位置づけ等の 総合的な再検討も併せて行われるべきであると考える。

諮問事項第一に関わり、拙速な制度の新設に反対し、慎重な審議を求める理由

  1. 少年法(昭和24年施行)の理念、58年に及ぶ少年審判の有効性について
     刑事裁判では、犯罪事実の真相究明と適正な処罰の実現が目的とされており、いわゆる情状の酌量はきわめて従属的・限定的な判断要素となっています。これに対し、少年審判では〈非行事実〉と〈要保護性〉の二つを審判対象とし、少年司法の目的として、少年の刑事責任を追及するだけではなく、当該少年が成長・発達段階にあって可塑性に富むことをふまえ、教育的・福祉的に最も適正な処遇を選択し、少年の健全育成・更生をはかることが掲げられています。実際、こうした日本の少年司法のあり方が、刑事司法以上に再犯防止効果を上げ、世界的に見ても少年犯罪・成人犯罪の発生率がきわめて低い社会の実現に寄与してきたという歴史的な事実があります。大局的には、日本の少年司法のあり方は、その時々の少年像や家庭観の変遷に速やかに対応し、非行抑止に成果を上げてきたと言ってよいと考えられます(註)。
    註:添付した表1は、最高裁判所事務総局による司法統計年報(少年編)に基づく、歴年の少年審 判事件数の推移を表したものです(私たちが戦後58年間分の統計を統合化したものです)。
     これによれば、少年審判事件総数が最も多かったのは昭和41年の111万3342件(最盛期)であり、平成18年は21万4737件(最盛期の約19%)となっています。昭和59年の68万9023件以降は一貫して 減少状態にあると言えます。また、凶悪事件の象徴である殺人・殺人未遂事件については、最も 多かったのは昭和36年の387件(最盛期)であり、以後、減少を続け、昭和60年に104件を数えて以後、現在まで23年間、100件を超えたことはなく、平成18年には殺人22件、殺人未遂23件(合計45件、最盛期の約12%)となっています。資料を添付していませんが、参考までに述べれば、成人の犯罪件数も減少してはいますが、平成18年における成人の刑事裁判での殺人・殺人未遂事件の総数は717件であり、少年の場合のおよそ16倍となっています。
     添付した表2は、総務省統計局・統計研修所が発表している人口動態調査のうち、年齢階級別人口及び年齢構成指数を表したものです(インターネットで検索したものです)。
     これによれば、昭和40年時の15歳から19歳の総少年人口は1094万8000人(最盛期)であり、平成18年時は642万4000人となっています。少年審判の対象は原則的に14歳から19歳であり、この数 値とは一致しませんが、少子化が進んだ結果、総未成年人口は最盛期の約59%にまで低下したこ とがわかります。
     この二つの表から言えば、現在までの日本の少年司法は、基礎となる14歳から19歳の少年人口の減少率を上回って、非行事件総数を減少させてきていることが明らかであり、1990年代末から繰り返されてきた『凶悪な少年非行が激増している』といったマスコミ報道は明らかに誤った報道であったと言わざるをえません。
  2. 少年審判の構造的な特質について
     少年審判の目的を実現するため、少年審判では、非行事実だけではなく、非行に至った動機・背景、少年の生活する家庭の事情、少年の資質・性格や生育歴、少年を支援する学校や職場等の社会資源の実情等、相当にプライバシーに関わる諸問題について、いわゆる〈要保護性〉について科学的に調査し、非公開で審判することが必要とされています。また、刑事裁判における、検察官と被告人が対立し、裁判所は第三者的な立場から判断するという当事者主義に基づく訴訟構造と異なり、少年審判では、少年の心身の情況等に最もふさわしい対応を可能とするため、様式性や対立構造を排した、職権主義的な審問構造が採用され、刑事裁判以上に迅速な手続が要請されています。
     具体的には、家庭裁判所に家庭裁判所調査官という刑事裁判にはない職種がおかれ、刑事裁判に比べればきわめて限られた期間内に、非行事実や非行動機、非行の背景要因の解明にむけて、少年・保護者との間で臨床心理学的なアセスメントや福祉・教育的なケースワークを含む専門的な調査面接・社会調査がなされています。また、家庭裁判所調査官の調査では、送致警察署、小中学校や高校、児童相談所、保護観察所、少年鑑別所、少年院、病院など、多くの関係機関からの情報・意見も集約されます。こうした〈要保護性〉の調査の報告を得た上で、裁判官が少年審判を開きます。少年審判では、刑事法廷では考えられないほどの身近な距離で、少年・保護者が裁判官と向き合い、裁判官の直接的でプライベートな領域にも及ぶ質問に対して、真摯で率直な応答が求められることになります。
     このように少年審判では、未だ成長・発達段階にあって精神的に未熟な少年に対して、刑事責任だけを追及するのではなく、その成長・発達段階を客観的に精査・測定し、またその監護・教育環境の問題点を明らかにすること等が常に要請されており、その調査・審判のためには、少年に関する情報の秘密保持(非公開)が必要とならざるをえません。それは、医療において医師に患者の病態についての秘密保持が求められることと全く同義と言えます。少年・保護者が罪障感を深めつつも、司法手続面での不安なく裁判官に対するためには、少年審判でどのような事情が話題になっても、それが社会に明らかにされるものではないということが保障されている必要があります。言語表現力に乏しい未熟な非行少年が、心を閉ざしてしまえば、本心を引き出すことはできず、少年の改善への具体策は見いだせません。表層からは見えにくい少年や家庭環境の実情を知るためには、少年の将来への配慮も含めた秘密厳守の枠組みが不可欠なのです。これは、少年・保護者が少しでも非行原因への内省を深め、被害者への贖罪意識を強め、再犯防止への意欲を高めるために、また、裁判官が当該少年に対して最も適切で、最も効果的な処遇を選択するためにも不可欠な枠組みだと言えます。そして、裁判官による適切な処遇選択こそが、再犯防止という少年にとっても社会にとっても最重視されるべき効果につながっていくのです。
  3. 被害者等による少年審判の傍聴の問題点
     被害者等による少年審判の傍聴について考える際には、こうした少年審判の構造的な特質との折り合いをどうするかが問題となります。既に家庭裁判所では、平成12年(2000年)の改正以後、被害者等の意見聴取制度を実施しており、その意見聴取を少年審判期日に実施することも、きわめて少数ながら試行されています。私たちは、被害者等が少年審判に参加することは、その個別的な事案内容、個別的な実施方法によって、少年や保護者の反省を決定的に深め、教育的な効果を高める可能性があることも学んできました。こうした被害者等の意見聴取制度、および現在の少年審判規則第29条に基づく関係者等の在廷の運用について、被害者等の意見を受けとめながら拡充をはかることは必要だと考えられます。しかし、今回の諮問のように、限定された事件であるとはいえ、原則的に被害者等の少年審判傍聴を認めるとも取れる制度を新設するとなると、そこには検討すべき問題があります。特に、先述してきたような少年審判の構造的な特質への十分な検討・配慮なしに、少年審判が被害者等に対しても非公開であることが被害者等の権利を侵害しているという意見だけに基づいて「改正」されることになると、少年審判の機能は一挙に失われてしまう可能性が高いのです。
    1. 少年審判開始時における被害者
       現在までの少年事件実務の経験から言っても、被害者、特に生命にかかわる被害を受けた事例などにおいて、被害者・遺族の嘆きと怒りの深さについては、本当に言葉に尽くせるものではないと思います。被害が甚大であればあるほど、早くから事実を知り、傍聴したいと考える人がいることは当然のことと考えます。
       しかし、少年審判は、刑事裁判と比較して審判の開始時期が早く、基本的には4週間以内の短期間で調査・審判がなされ、多くの場合は1回の審判で決定が言い渡されます。仮に、被害者等の審判傍聴がなされるとすれば、被害者等が傍聴し、意見陳述を行った直後に、審判決定がなされることが多くなると考えられます。この点は、多くの刑事裁判において、被害者等が刑事裁判に参加し、質問や意見陳述等を行い、後日の公判で判決言渡しとなる経過とは大きく異なります。少年審判の場合、外見的には、被害者等の傍聴参加や意見陳述が、その場の審判結果に直結した、もしくは直結しなかったと受け取られやすい状況になると懸念されます。非行少年や刑事被告人への司法判断は、当然、裁判所の責任として行うべきものです。それが、被害者等の主張に基づくかのごとき形になってはならない、被害者等へ司法判断の責任帰属をなしてはならないと考えますが、時間的に限られた少年審判の開廷という条件下においては、そう取られかねない事態が生じる危惧があります。
       また、少年非行に限らず、成人犯罪も含め、犯罪の被害者・遺族は、特に被害直後の段階では、当然のことながら加害者に一刻も早い厳罰を求めます。しかし他方、実務上の経験として、「事件後、まだ四十九日法要も済んでいない段階で、家庭裁判所へは行けない」といった被害者・遺族の声を受けたこともあります。事件に関わる諸事情、被害者等の生活状況、気持ちや判断等には様々なものがあり、その個別性こそ尊重しなければならないと考えられます。今回の少年審判の被害者等の傍聴を制度化すべきか否かについては、こうした事件直後の被害者等の状態に関するより多くの意見を慎重に反映した審議・検討が必要ではないかと考えます。
    2. プライバシーに関する調査・審理の困難化
        概して、非行少年は社会性が陶冶されておらず、言語表現力に乏しいと言えます。非行時には不良文化に影響され、親も含めた大人への不信の眼差しを持ち、粗野な言動をむき出しにするといった場合もあります。しかし、逮捕され、勾留を受け、その後、家庭裁判所へ送られ、観護措置を受けて少年鑑別所へ収容されといった段階を経るうちに、不良感染が遮断され、険悪な顔付きが穏やかなものに変わり、強がりや虚勢が抜け落ち、言葉少ないながらも、自分自身や家族、周囲へと関心を向け直すことになります。こうした過程と並行して、自らの非行への振り返り、少年なりの解明、被害者等への罪障感の深まり、謝罪意思等の内省がすすむことになります。また併せて、少年の保護者に従前の問題点や今後の指導のあり方を考えさせ、被害回復を実行させることにもなります。しかし、少年の資質の偏りが大きかったり、生育事情・保護環境がきわめて悪い場合などには、なかなか内省がすすまないことも起こります。保護者自身の生活が破綻しており、経済力も無く、被害回復に動けないこともあります。
       前述のとおり、少年事件における〈要保護性〉の調査・審判においては、基本的な秘密の保持を約束し、どのような説明であってもまずは受容するという姿勢を示す中で、少年や保護者から秘密の開示を受け、少しづつでも問題点を明らかにし、改善をはかる作業を行っています。当然、そこにはきわめてプライベートな問題があり、また、完全な解決に至らない段階で審判を迎えることも少なくありません。このような場合、家庭内での暴力や家族の重大な心身の不具合、破綻した家計の状態など、少年・保護者間ですらこれまで率直に話題にできていなかった問題を審判の場で明確にしていくことで、家庭内の不安定さの改善を図ろうとすることもあります。
       ここで、少年審判の被害者等の傍聴がなされるのであれば、被害者等は従来以上に少年やその家庭のプライバシーに関わる情報を知ることになるわけですから、被害者等の側の守秘義務についても厳格・明確にすることは不可欠です。今回の諮問では、被害者等の守秘義務の明文化もされており、こうした実情を配慮してのことと考えられます。(なお、少年審判に在廷した被害者等が、審判後にインターネット上で少年・保護者について秘密の暴露を含む非難を書き綴ったという事例があり、私たちの中でも、非行事実を含めた秘密の保持についての明文化が不足しているのではないか、守秘義務違反についての罰則規定が不足しているのではないかという意見があったことを付記します)。
       少年審判において被害者等の傍聴がなされることが最初から制度化されているなら、少年も保護者も、家庭事情の中にある秘密を明らかにしなくなる可能性が高まります。一般に、重大事件であればあるほど、少年は結果の重大さを受けとめられず、少年の言語表現力の乏しさがいっそう顕著になる事態は少なくありません。そこへ被害者等が傍聴することで、少年・保護者に適正な緊張を与え、内省を深める効果を充分に上げることも考えられます。しかし他方で、少年がいっそう萎縮し、自分や家庭に関する様々な問題を表出できなくなり、審判前の調査の段階から表層的な謝罪表明だけに終始したり、問題の核心に触れない以上、本当の意味での内省の深まりを持ち得ないままに、審判が終結するに至る可能性も高まると言わざるをえません。また、充分な内省の深まりが進まないまま、少年が被害者等にとっては二次的な被害となる言語表現をとってしまうといった可能性も否定できません。そこで、少年審判の被害者等の傍聴が制度化されるとき、少年の〈要保護性〉に密接に関わる秘密が保持できなくなる可能性について、そのことにより、「少年審判の中核的な機能が損なわれること」または「少年審判全体の機能に与え得る弊害の大きさ」について、より多くの心理、教育、福祉、医療、法律等に関わる専門家の意見をふまえた慎重な検討が必要ではないかと考えます。
       また、少年審判の被害者等の傍聴が制度化された場合、家庭裁判所の側の審判運営にも変化が起きる可能性があります。家庭裁判所の裁判官、書記官、家庭裁判所調査官は、少年にも保護者にも、少年審判で明確に考えを述べるよう指導・助言しながら審判運営に関わります。特に家庭裁判所調査官は、〈要保護性〉調査の中で、少年・保護者の心理的な枠組みの安定化を図りながら、少年・保護者のプライバシーに関わり、臨床心理学的にアセスメントを行い、問題解決志向のケースワークなども行います。裁判官も少年審判の中で、〈非行事実〉や〈要保護性〉を明確化し、事実の重大性を認識させ、謝罪と被害回復の意思を確実に持たせるという大きな目的のために、責任追及・叱責や説諭だけではなく、家庭の秘密に配慮しながら、時に少年の良好な点を褒め、保護者の生活苦を慰労する言葉をかけるということを行います。しかし、少年審判の被害者等の傍聴が制度化されるとき、こうした「言葉かけ」は可能でしょうか。結局は、家庭裁判所の教育的・福祉的機能を発揮する審判運営は後退し、少年・保護者のプライバシーに関わる部分には触れず、より〈非行事実〉の解明を重視した審判運営が一般化し、少年審判が刑事裁判化することにつながる可能性が高いことが見込まれます。こうした影響等についても、より多くの心理、教育、福祉、医療、法律等に関わる専門家の意見をふまえた慎重な検討が必要ではないかと考えます。
    3. 現状の家庭裁判所の物的・人的な限界
       現実の家庭裁判所にある少年審判廷は、広さにせよ、置かれている机・椅子などにせよ、刑事法廷とは全く異なります。少年審判は、少年・保護者と家庭裁判所がきわめて身近な距離にあって、厳しくも和やかに〈非行事実〉と〈要保護性〉の審理を行うことが求められているため、少年審判廷は非常に狭いものになっています。東京家庭裁判所の少年審判廷など、大都市にある家庭裁判所の少年審判廷は、全国平均から見ればかなり広い方ですが、それでも刑事法廷の5分の1程度の広さしかありません。先の平成12年(2000年)の少年法改正において、少年審判にも裁定合議制が一部導入されましたが、少年審判廷が狭いため、3人の裁判官が並べる大きさの机が置けないという所が全国に多数ありました。
       仮に、被害者等の審判傍聴がなされるとすれば、この狭隘な少年審判廷のどの位置で被害者・遺族が傍聴するのかはきわめて現実的な問題です。現在の諮問事項で想定されている重大事件であれば、3人の裁判官、書記官1人、共同調査を命じられた家庭裁判所調査官が2〜3人、少年と保護者(2名)、少年の付添人弁護士1〜3名、少年を同行してきた鑑別所観護職員1〜2名といった最低でも10名以上が既に在廷している現状にあります。場合によれば、参考人として学校の教職員や児童相談所職員などが在廷することもあります。こうした中で、被害者・遺族は、少年・保護者ときわめて身近な距離で傍聴することになりますが、現実には、物理的に困難と言わざるをえない少年審判廷も全国には存在します。そこで、少年審判廷の増改築が不可欠になります。
       また、大変遺憾なことではありますが、現在までに、被害者等が在廷した少年審判において、被害者の保護者が少年へ物を投げつけたという事例なども報告されています。こうした不慮の事故を防止することは家庭裁判所の責務であり、そのためには、少年審判廷の広さを一定程度拡充するだけでなく、被害者等に付き添う家庭裁判所調査官などの家庭裁判所職員の増員も必要になると考えられます。
       加えて、被害者等の少年審判の傍聴に関して、不慮の事故を防止し、少年・保護者にとっても被害者等にとっても直接的な対面を避ける方法として、ワンウェイ・ミラー越しの少年審判の傍聴、ビデオ・リンク方式での少年審判の傍聴といった方法も考えられます。これらについては、多くの被害者・遺族の意見をふまえ、前述した秘密の保持(非公開)に関する問題もあわせ、専門家によるいっそう慎重な検討が必要と考えられますが、検討に値する課題とは思われます。但し、具体化するにあたっては、家庭裁判所には部屋も機材も全く無いのが現状ですから、ここでも少年審判廷等の増改築の検討、備品の整備、家庭裁判所職員の増員などが必要となります。
       なお、今回の諮問事項五に関連して、家庭裁判所にある成人事件用の刑事法廷を使えば広さの問題は解消できるとの考えもありますが、先述したように少年審判においては、裁判官が身近な距離で、直接的に少年・保護者と質疑応答を行うことに重要な意味があります。それは刑事法廷の、裁判官がはるかに高い場所に着席する空間構造とは決定的な違いがあります。仮に成人事件用の設備を少年審判に適したものに変更するとしても、刑事法廷の広さでは、少年法の理念に基づく和やかな審判運営は困難になると言わざるをえません。
       裁判所全体に関する情勢としては、1990年代後半から裁判所では司法制度改革が進んでいます。裁判迅速化法、労働審判制度、心神喪失者医療観察制度、被疑者国選弁護人制度、知財事件処理、司法支援センター(法テラス)等々の新設が次々と実行されています。そして、刑事裁判における裁判員制度の導入も1年半後に迫っています。家庭裁判所でも高齢化社会の到来にあわせ2000年から成年後見制度が始まり、後見監督事件とともにその事件数は激増の一途を辿っています。人事訴訟事件の家庭裁判所への移管も行われました。結果、家庭裁判所家事部は全国で繁忙をきわめ、家庭裁判所少年部からの人員シフトが続けられてきました。近年、公務員の増員や人件費抑制についての世論はきわめて厳しく、新たな制度が導入されているにもかかわらず、裁判所では裁判官、書記官の増員は不十分ながら図られていますが、事務官は減員され、家庭裁判所調査官にはここ3年間、一切増員がなされていません。現在、裁判所の全体において、裁判官、書記官、事務官、家庭裁判所調査官等の疲弊は深まっています。
       そうした中で、現状の家庭裁判所少年部は、冒頭で述べたように統計上の少年非行は減少化していますが、少なくなったとは言え、全少年事件総数は約22万件(簡易送致事件等を含む)であり、少年事件を担当する全国の家庭裁判所調査官は実質約 650人程度しかいません。即ち、一人当たりの事件負担量は決して少ないものではありません。特に、格差社会が深刻化する中で、経済的にも心理的にも家庭の監護力は後退し、事案は複雑・困難化しており、家庭裁判所少年部は常時繁忙な状態にあります。
       こうした人的態勢が改善されない(むしろ家事部への人員シフトにより減員される)中、平成12年(2000年)の少年法改正以後、被害者等の意見聴取制度、被害者等への審判結果等の通知制度が新設され、記録(法律記録)の閲覧・謄写の拡充も行っています。調査・審判における少年・保護者への教育的・保護的措置の強化・充実も求められてきました。また、被害者等への照会調査や面接調査の拡充、重大事件における調査・審判のいっそうの精密化も求められてきました。率直に言えば、家庭裁判所少年部にも、次々と制度改革の波が押し寄せ、新たな業務の対応に苦闘しているのが実情です。こうした現状での少年審判への被害者等の傍聴制度新設は、その円滑な導入、具体化、運用が可能か否かについて、少年事件実務を担う者、特に家庭裁判所調査官としては大きな不安があります。私たちは、大きな悲しみと苦しみを抱える被害者・遺族が、少年審判手続の中で不慮の事故を起こされたり、心情的な葛藤を深められたりすることを一番防がねばならないと考えています。そのためには、今回の諮問事項の検討にあわせ、家庭裁判所の人的・物的態勢の充実が不可欠であると考えます。
  4. 被害者・遺族の方のために
     繰り返しになりますが、私たちは、少年司法にせよ、刑事司法にせよ、被害者・遺族の声をより丁寧に聴取し、受けとめていくことが必要であり、また、裁判所は被害者・遺族により丁寧な説明を行う責任があると考えています。少年司法の透明化・公正化を進め、被害者等へ手続、事案内容、問題点、審判決定理由についての説明を徹底する必要があると考えています。しかし、被害者等の少年審判の傍聴制度を拙速に新設することについては、少年司法における家庭裁判所の調査・審判の機能を大きく変質させ、調査作業や審判運営をきわめて困難にさせる危惧があります。また、現状の人的・物的態勢では被害者等の少年審判の傍聴が円滑に導入されえない不安等を強く持っています。
     拙速な新設よりは、現在の被害者等の意見聴取制度(少年法第9条の2)や少年審判規則第29条に基づく家庭裁判所による「審判在席の許可」の運用の拡充を図ることが必要と考えられます。平成12年(2000年)改正後の原則検送事件の運用をさらに検討し、先に改正された刑事訴訟法に基づく刑事裁判への被害者等の参加制度の今後の運用を見守り、被害者等の参加制度の実情を充分に精査する必要もあります。こうした少年審判・刑事裁判の実務例の蓄積を行った上で、少年審判の被害者等の傍聴制度の新設について改めて検討することの方が、より緻密で現実的な議論を可能にすると思います。少年司法と刑事司法を同質化させるのではなく、それぞれの特質を踏まえた司法制度を確立することこそが、社会的な公正さ・良識に合致すると考えます。
     以上の理由により、諮問事項第一については、拙速な新設には反対し、慎重な審議を求める次第です。

諮問事項第二に関わり、一定の範囲で閲覧・謄写を認める場合の要件緩和に賛成する理由

 諮問事項第二に関わる、記録(法律記録)の閲覧・謄写を、「閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び少年の健全な育成に対する影響、事件の性質、調査又は審判の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き」、原則として認めるという規定の仕方には、基本的には賛成です。従来の「損害賠償請求権の行使のために必要があると認める場合その他正当な理由がある場合(に限り認める)」という規定の仕方は、被害者の「事実に関して得られる情報を入手したい」との自然な心情からの申出に何らかの「理由」を求めるような規定であり、適切ではない面があると思います。平成12年(2000年)の改正以後の家庭裁判所での実際の運用では、申出をした者のほとんど(約98%)について閲覧・謄写を認めてきており、「相当でない場合を除き原則認める」という規定は運用の実情にも合致したものでもあります。
 但し、記録(法律記録)の中には、死体検案書など被害者・遺族の方が見たくないであろう、時には二次的な被害を生じかねない資料も含まれています。多くの被害者・遺族の方のご意見を集め、心理、医療、法律等の関係分野の専門家によって慎重に検討すべき課題です。
 また、記録(法律記録)の閲覧・謄写により知り得た少年の身上に関する事項等について、秘密を漏洩してはならないという点については、諮問事項第一に関わる守秘義務について記した部分と同様となっていますが、守秘義務の範囲を非行事実に関する点も含めて詳細化し、義務違反に対する罰則規定などより実効性のある守秘義務の規定についても検討すべきと考えられます。
 加えて、諮問事項に直接関わる問題ではありませんが、実務を担当する立場からすると、記録謄写の費用が高額になっており、そのことが被害者等の負担感につながる面が大きいのではないかと危惧しています。一般的なコピー代金(1枚10円)程度で記録謄写ができるような経費負担の工夫が必要ではないかと思います。
 なお、諮問事項では、少年の〈要保護性〉に関する「社会記録」については、閲覧・謄写の対象から除かれていますが、諮問の通り、「社会記録」は閲覧・謄写の対象とすべきではないと考えます。審議では、少年審判を傍聴する以上、審判廷で明らかにされている記録や資料は当然に閲覧・謄写されるべきものであるという意見が出る場合があるかと思います。しかし、こうした議論は、少年審判を刑事裁判と同質化することの問題性を一切顧慮していない議論であり、反対です。
 前述したように、「社会記録」には少年の在籍する学校からの照会書回答、児童相談所など関係機関からの各種資料、少年鑑別所の鑑別結果等が含まれています。これらは、少年・保護者に対しても開示されないものであり、少年に専門的立場から関わってきた各機関が、少年に対するより適切な処遇決定に寄与するために家庭裁判所へ情報を提供し、意見を付してきたものです。また、「社会記録」の中核的部分となるのが家庭裁判所調査官が作成する少年調査票ですが、少年調査票は少年審判での処分決定に向けて、家庭裁判所調査官が少年・保護者との調査を重ねてまとめ、裁判官に対して最終的な処遇意見をまとめたものです。ここには、少年は自分が実子だと思っているのに実は実子でない場合、母親が父親から家庭内暴力を受けている場合、父娘間に近親相姦が存在している場合等々、家族間でも秘密にされている事情が記されることがあります。即ち、「社会記録」の内容は、単に〈非行事実〉に関する「情報」というだけではなく、家庭裁判所調査官と少年・保護者との間の、秘密の保持を基本に置いた信頼関係に基づく調査面接やケースワークなどによって、少年・保護者の自らの〈要保護性〉に関する問題点への内省の深まり等を反映し、少年の将来へ向けての解決策の処方箋・出発点ともなりうるものです。
 もし、「社会記録」が被害者等に開示されるという制度になった場合、特に〈要保護性〉に関する関係機関からの情報提供は著しく困難になりますし、家庭裁判所調査官と少年・保護者との調査の構造自体が大きく変容し、問題点への内省も深まらなくなり、〈要保護性〉の調査が不能になると言わざるをえません。この点については、少年事件実務を担う者としては到底認めることはできません。

諮問事項第三に関わり、被害者等の申出による意見の聴取の対象者の拡大について、相当と考える理由

 諮問事項第三に関わり、被害者等の申出による意見の聴取の対象者に、「被害者の心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹を加える」ことについては、基本的に賛成です。
 現在までの被害者等の意見聴取ついては、自由民主党政務調査会法務部会における「少年法見直しに関する取りまとめ」(平成19年11月9日付け)においても、申出をした場合の約96%が意見聴取をされている上、審判期日に裁判官に意見を聴取して欲しいとの希望を有する被害者等については、家庭裁判所がその意向を尊重した運用を行っていると認められた上で、「引き続きこのような運用が進められるべきである」とされています。概ね、少年事件実務として、円滑な導入、具体化・定着化が図られていると思います。しかし、被害者が死亡した場合でなくても、被害者自身が意見陳述のできないような重大な被害に遭っている場合はあり、その際に意見陳述の可能性がなくなってしまうことは不合理であると考えられます。従って、被害者自身の状況に応じ、被害者の配偶者、直系親族、被害者の兄弟姉妹が意見陳述をすることが可能となるよう制度を拡充することは必要なことと思います。
 但し、拡充された場合、少年法第9条の2の「ただし書き」により、「相当でないと認めるとき」も必然的に増えることになると考えられます。意見聴取の可否について、家庭裁判所の裁量の余地が十分残せるような条文としておく必要があります。

諮問事項第四に関わり、少年法第37条第1項に掲げる罪に係わる成人の刑事事件の管轄を家庭裁判所から地方裁判所等へ移管することについて、基本的には相当と考える理由

 諮問事項第四に関わり、いわゆる少年の福祉に係わる成人の刑事事件について、第一審の裁判権を家庭裁判所から除き、地方裁判所又は簡易裁判所の権限とすることについては、従前から、当該刑事被告人が二つの裁判所に事件係属した場合の事件併合処理ができない等の問題があり、これを改善するためには管轄を移管する以外にないため、基本的には賛成です。また、少年法37条第1項が改正された場合、それに関連する少年法38条については、実務例も皆無に近く、削除されることもやむを得ないと考えます。
 但し、少年法第37条と少年法第38条は、未成年者の健全育成を害する成人の犯罪について、少年法の中で特別に重視して定めたものであり、これらを家庭裁判所の実務から除くことが、少年法の理念の後退とならないことを望んでいます。また、今回の諮問事項に直接関わる問題ではありませんが、家庭裁判所と地方裁判所・簡易裁判所の特質を明確化するためには、2009年5月から開始予定の裁判員裁判との関連もあり、少年法20条によって検察官送致決定を受けた事件(少年法20条2項に関わる原則検送事件を含む)については、家庭裁判所の管轄とするといった検討もなされるべきではないかと考えます。

以上

法務省刑事局刑事法制管理官 殿
パブリックコメント(法制審議会諮問事項について)
千代田区隼町4−2 最高裁判所内
全司法労働組合少年法対策委員会
                        
 
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